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短編に光るメタ・ミステリの知的遊戯 ―『メルカトルと美袋のための殺人/木製の王子』―

『メルカトルと美袋のための殺人』
『木製の王子』 麻耶 雄嵩 (講談社ノベルス)



 『鴉』でメルカトルは気になるね、と話したら、「メル(メルカトル)ものの一部だよ」と同僚が貸してくれてからずいぶんと経ってしまった…。
 読了はわりと早かったのだが、いまひとつ読後感がまとまらないまま、いい加減お返ししないと。
 いろいろと前後するがまずは拝借モノのお片付けから(汗)。

 あまりに超人的な推理力であっという間に真相を解明してしまう自らを称して、「長編には向かない探偵」とのたまうメルカトル鮎と、ミステリ作家であるワトソン役美袋(みなぎ)のダークでコミカルなやり取りが楽しめる短編集『メルカトルと美袋のための殺人』

 知人に招待された別荘で起こる殺人事件、女性は本当に自殺だったのか?あるいは刺殺された男はどうして香水をつけ化粧を施されていたのか?
 事件がなく、退屈をもてあましたメルが出した広告を見て老人がひとりやってくる。身辺警護を願う彼の命を狙っているのはだれか?
 書けない原稿に苦しみ人気のない旅館に逃げ込んだ美袋は、一足先に来ていたメルとともに奇妙な二人の女性の死体を発見する。それはここに伝わる悲劇の犠牲となった少女の幽霊が引き起こしたのか?
 正月早々メルに呼び立てられた美袋が読まされたのは、傲岸不遜さがそのままの彼のミステリ作品。果たして美袋はその真相を言い当てて、賭けに勝つことができるのか?
 目覚めたらどこかわからない山の中に置き去りにされていた美袋。遭難寸前に助けられた別荘でその持ち主が殺される。犯人として疑われる彼をメルの鮮やかな推理は救えるのか?
 招待を受けたシベリア鉄道の列車内で起こった殺人事件。旅客機の尾翼が落下して緊急停車した偶然を使用した犯行は招待客のうちの誰に可能だったのか?

 相変わらず、状況はそれほどに不自然ではないものの、メルの登場の仕方やその強引なまでのものごとの運び方、そして読者を煙にまくような、脱力させるようなエンディングは、麻耶氏ならでは、といったところ。

 メタ・ミステリといえばよいのだろうか、アンチ・ミステリというべきか。推理の論理性は崩されることはないのだが、真相とそこから導き出される結末が、みごとにいわゆる「ロジカルなミステリの解決」を裏切っていく。
 メルの書いたミステリなどは、彼の不遜さにことよせて完全にミステリのロジックそのものをパロディ化しているし、列車内殺人事件を描く「シベリア急行西へ」もクリスティの作品のパロディといえよう。

 それらが、自身が楽しみ納得するためならば、正義も踏み潰し犯罪さえも厭わないメルの言動や動機に興味のない冷酷さと、それに振り回されて良心に苦しみながらも流されて、友人であるメルに殺意すら持つ美袋の昏い感情とに彩られて、独特の陰鬱さと諧謔をまとっているところがおもしろい。

 もう一作『木製の王子』は長編。
 『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』の続編といえるもので、あの事件(すでに前作の記憶も怪しくなっているだが…;汗)後の烏有が瑠璃と婚約、無事出版社に就職ながらも、結婚という束縛への抵抗感(マリッジ・ブルーか??)と事件の後遺症に漠然とした不安の日々を送っているところから始まる。
 後輩として入社した安城の教育担当になった烏有は、比叡山の奥に不思議な館を構え、その閉ざされた生活と家系が何かと噂される白樫家の一族で、世界的に高名な画家宗尚のところへ取材に行き、その義理の娘の惨殺死体に遭遇する。首だけがピアノの鍵盤の上に置かれ、身体は屋敷に造られてた焼却炉で焼かれるという凄惨な犯行は、明らかに内部の者の仕業と考えられた。しかし関係者すべてに分単位でのアリバイが成立している。
 果たして犯人は誰なのか、なぜ死体を切断する必要があったのか、どうやってアリバイを作り上げたのか、一族の持つ近親婚の家系図と、証としてのシンボルマークを刻んだ指輪が明らかにする歪んだ思想の結末は…?

 そのシンボルマークは、3年前の事件を解決できなかった名探偵木更津の悔いの象徴でもあった。彼は雪辱を晴らすべく、調査に動き出していた。
 出生の秘密を抱え取材を理由に館に入った安城の過去が明らかになったとき、殺人事件は驚愕の事態を迎えることになる。

 雪に閉ざされた館モノ、精緻なアリバイ、一族の持つ常識からは外れた信仰、と、いわゆるミステリ要素が満載。
 しかし分単位で一覧表を掲出してまで検証される関係者のアリバイは、あまりに細かすぎて、短気な私は読み飛ばしてしまった…。

 この偏執的ともえるアリバイの羅列こそ、アンチ・ミステリとして敢えて意図したものと思われるが、延々この検証が続くのは正直つらい…。
 再度事件に巻き込まれる烏有の優柔不断さ(性格としては前作と何ら変わりないのだが)と、安城の悶々とした様子も、事件の暗さを演出する前にイライラさせられてしまうため、事件の衝撃になかなか入りきれない。
 また物覚えの悪さから一族の名前が覚えきれず、各シーンの人物の特定にいちいち巻頭の家系図を見なければならなかったのも(自分のせいながら)集中阻害に一役買って(一番最初に覚えた女性が早々殺害されてしまったので;汗)。

 こうした「入りにくさ」も、論理を超えたアリバイの突破も、陰惨な結末も、おそらく氏の目指すところだったのだと思うし、彼らしい破壊力を持っているのは感じるのだが、外側からは解消できない、そしてその介入も求めていない「信仰」に集約させてしまうのはやっぱり「反・解決」だなーと。

 結局氏のデビュー作である『メルカトル鮎最後の事件』は未読なので、いまひとつ彼がその特徴として持っているキャラクターの設定の意図と人間相関図があいまいなまま、しかも飛び飛びの2作のため、読み取れ切れていないのかも、という不安(?)も残るが、どうしてもその実験的な「アンチ・ミステリ」の企図の方が立って、ストーリーに入り込めないそのこと自体を楽しみ切れない。

 その意味では、短編集である『メルカトルと美袋のための殺人』の方が、それぞれにバリエーションを以てその部分(メタ/アンチ・ミステリ的実験)を小気味よく味わわせてくれたか。

 メルが、じゃなくって、実は麻耶氏が「長編には向かない作家」…?
 でもメルのキャラクター、その非論理的な在り方とともに、決して嫌いではない(笑)。

 ちなみにどちらも現在は文庫で読めるようだ。


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非情と人情と“オチ”が絶妙の落語ミステリ ―『三人目の幽霊/七度狐/やさしい死神』―

『三人目の幽霊』
『七度狐』
『やさしい死神』 大倉 崇裕 (創元推理文庫)



 あまりの蒸し暑さを言い訳にずいぶんとご無沙汰に…。
 相変わらず未読の山も高くなる一方で、既読まで小山になって(汗)。

 順不同で少しずつ挽回。

 これまた同僚が貸してくれたミステリ・シリーズ。
 噺家の世界を舞台に、実際の落語のオチをからめた連作集。

 念願の大手出版社に入社できたものの、上司と、部下は自分だけの落語専門誌の担当に配属された新人編集者 間宮緑。
 辞令を見た瞬間に辞表を出そうかと落胆するも、異動のチャンスもあろうと、とりあえずこれまで聴いたこともなかった落語の世界を、「季刊落語」の内容を、見てみることに気持ちを入れかえる。

 上司の編集長 牧大道はこの道30年のベテラン。生来の落語好きで、その知識と感覚が培った業界での信用とネットワークの強さもさることながら、人並み外れた洞察力の鋭さで、師匠たちにも頼りにされている。

 落語のしきたりや作法、楽しみ方と業界慣例などを学びつつ、ある意味、特殊な世界に起こるさまざまな事件に巻き込まれていく緑。
 ほとんど話を聞いただけでその真相を見破ってしまう牧を名探偵(まさに安楽椅子探偵…)に、彼に振り回されつつも少しずつ落語の魅力に、その芸の深さに嵌っていく緑をワトソン役に、厳しい徒弟制度の中で己を磨く噺家たちの、芸人としてのそして人間としての喜悲劇や周囲の人間たちの思いの絡んだ事件が、落語ネタとシンクロして繰り広げられていく。

 基本的には短編、起こる事件も「日常の謎」的なもので(とはいっても落語界という特殊性は強いが)、寄席を巻き込んでのお家騒動であったり、席亭の落語界を思う一念であったり、弟子たちの師への遠慮であったり、噺家たちの家族や妻への愛情であったり、時には緑の周囲の人間の不審な行動であったりしながら、ほのぼのとした温かさやもの悲しさ、そして芸事に向かう人間の業の深さや狂気にも通じる厳しさが残る造りになっている。

 まさに落語のオチが生み出す妙味ともいえる可笑しみと切なさを持っており、それぞれに付される小噺との絡みも絶妙で、なんとなく結末が分かってしまっても、最後を楽しめるところまで「落語」モノとしてまとまっているのが憎い。
 まあ強いて言えばやや探偵役 牧の推理があまりにも抜きん出ているかな、と思わなくもないが、それが展開に適度なスピード感を与えれくれるので、「それはそれ」として楽しめる。

 2作目だけはタイトルの落語になぞらえた、名跡継承をめぐった骨肉争う落語会の場で起こる連続殺人事件の長編で、どの作品よりも血なまぐさい展開に、名を襲うことの重さや厳しさ、それを欲する執念を表した重めの物語となっているが、交通の便の悪い山間の寒村で起こる地位簒奪のための殺人事件にしてはいまひとつ陰惨さが伝わってこ来ず、やや冗長な感を残しており、切れと完成度は断然短編集である1作目と3作目がよい。

 時に仕事よりも舞台を優先し、締切も守らずに行方不明になる編集長牧に、大きな信頼を寄せながらも、(仕事に慣れてきて)ビシビシ嫌味と叱咤をかける気の強い緑のコンビ、謎の解明も落語の聴講も一瞬を逃さない洞察力が大事と、答えを迫る緑に飄々と、あるいはピシリと答えをはぐらかして引っ張りまわす牧のふたりのやり取りが、落語のリズムと相まって程よいユーモアと軽さを生む。
 さりげなく描写される浅草隆盛時代と月島へ移ってからの寄席の風景に、落語の歴史をなぞっていけるのも楽しい。

 そしてこの牧の人物造形と、落語という「芸」に一生をかける噺家たちの生きざま、物語の顛末が持つ非情と人情のバランスがとてもよい。
 人の気持ちをとても大事にする牧が、時に落語の隆盛のためには敢えてそれを踏みにじるような言動をして緑をぞっとさせるあたり、犯罪と知りながらも、己のあるいは一門の「芸」を守るために行動を起こし、一方ではどうにもならない愛に一線を超える名人たちのそれぞれのエピソードに精緻に織り込まれている。

 笑いはそれだけで成立するものではなく、人間の喜怒哀楽を深くえぐった描写であるからこそ、共感を呼び、愛され、語り継がれていく。
 寄席の舞台は「ハレ」の場、そこに「ケ」の私情が持ち込まれることは許されない。しかしながら、「ケ」の日々の積み重ねがその「ハレ」により厚みと滋味をもたらしていく。
 語り手の存在が消え、その声音としぐさに、聴き手が語られる世界そのものに入り込んでしまう名人たちの「落語」が輝くのも、そうした非情と人情の微妙で繊細な一線に立つからといえるか。

 落語ファンならばタイトルだけでもニヤリとしてしまう面白さを感じるのだろうな、とも思うが、逆によく知らなくても、挿入される「あらすじ」は、ストーリーを阻害しないスマートさでわかりやすく、この連作ミステリの魅力を増すことはあっても減じることはない。

 授業をさぼって時間つぶしにたま~に入り込んでいた寄席、それっきりで聴いた噺の記憶もおぼろ、数も増えず、系統だてて嵌る機会もないままに、すっかり遠のいていた落語を改めてきちんと聴きたくなった!





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ブリティッシュ・テイスト満載の極上歴史ミステリ ―『時の娘』―

『時の娘』 ジョセフィン・テイ   小泉 喜美子 訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 
 安楽椅子探偵の古典的名作が、嬉しい表紙にもどって25刷目(!)として刊行された。

 ここに使用された肖像画は、リチャード3世。
 王位を得るために甥の2王子をロンドン塔に幽閉し殺害、姪との婚姻を画策するなど、冷酷非道な行いで悪名高き王としては、このロンドン・ポートレート・ギャラリーにある模写(存命中のオリジナルは消失らしい)である有名な肖像画、あまりに静かで思慮深く、憂愁をたたえた悲しげな瞳が印象的な、上品な王族として描かれている。

 もちろん、王族を、ましてや見合い写真の代わりとして描かれたとされるものが、悪い点を強調して描かれるはずもなく、修正が施されていたとしてもおかしくはないのだが、せむしで醜悪だったために、ひねくれた性格になったとも造形されるリチャード3世のイメージとはあまりにもかけ離れた凛とした美しさを持っている。

 犯人追跡中にマンホールに落ちて足を骨折したグラント警部(けっこう間抜けな怪我だ…)は、入院中の退屈を紛らわすために、女友達の女優マータが見舞いに持ってきたこの肖像画の絵葉書に、リチャード3世の悪評とのギャップを感じ、そこから400年前の殺人事件を推理していく。
 果たしていたいけな2王子を残酷にも幽閉、殺害し、その死すら公表しなかったのは、ほんとうに叔父リチャードだったのか――?

 看護婦の持っていた子供向けの歴史教科書から、当時の大家が著した歴史書、果てはアメリカからやってきていた歴史研究生と協力して、入手できる限りの資料から、病院の天井を睨みながら、安楽椅子ならぬ、ベッド探偵グラント警部の事件追跡が始まっていく。

 のちに「バラ戦争」としてイギリス史の基本事項として載せられるヨーク家とランカスター家の王位簒奪紛争は、ほぼ30年にわたり、ヘンリー7世の代にようやく終結を見る内紛だ。
 イギリス人にとってはあたり前の史実ながら、それこそ学生時代にちょこっと触れる程度でたいていは縁遠くなってしまう日本人にとってはなかなかに人間関係が複雑でその状況が把握しにくいのも事実。ましてやそこに王位承認のための存在として枢機卿の存在まで絡んできて、かなり人間・利害関係の消化にはてこずった(汗)。
 そのあたりを配慮してか、巻頭に関連時期の血統図が記載されているのは、殊にカタカナ名にからきし弱い私にはとても助かる。何度この家系図に戻ったことか…(苦)。

 兄エドワード4世に忠誠を誓いながら、兄の死後、彼の息子たちを幽閉して殺害、自らが王位を襲ったものの、反乱が絶えず、最後にはフランスの力を頼んだヘンリー・テューダーと、味方の裏切りに遭い、戦闘中に殺されたとされるリチャード3世の生涯を、さまざまな文献や資料から行動や性格の矛盾点を抽出し、「誰が得をするのか」という犯罪の根幹ともいえる動機に立ち返ることで、幽閉と殺害の真の目的とその犯人を特定していくグラント警部の推理は、ぞくぞくずるほどにスリリングで面白い。
 ブロンド、青い目のエドワードと、黒髪、黒い瞳のリチャードの、外見の違いが周囲に与える印象として運命に影を落としていることがさりげなく描写されているのも非常に細やかな視点で、心憎い。

 過去の出来事を残された手がかりだけで組み立てていく、まさに極上の歴史ミステリだ。
 明かされる「真実」は、決して歴史上新しい事実ではない。

 しかし、その落胆も含めてこの作品が魅力的なのは、「教科書」と言われるテキストの偏向や、歴史書の冷静に見れば恥ずかしいほどの論理性のなさや、お茶の濁し方、あるいは洞察力の欠如したステレオタイプな人物評など、教育や歴史家への批判や皮肉が、グラント警部の憎めない頑固さや意地悪さというユーモアたっぷりの表現の中に軽やかに展開されているからだ。

 楽しく、気持ちよく読めるのは、決して歴史上の新説の発表でも、単なる歴史批判でもなく、「ミステリを解き明かすというのは、こういった論理的思考の積み重ねなのよ」と、そして「歴史とはこんなにもミステリとして魅力的なのよ」という、お茶目で知的な悪戯の空気があふれているからだ。
 著者の「ウフフ」と笑ってウィンクする(上品な老婦人の)姿が浮かんでくる…。

 そしてまた、名を先に知って絵を見るか、絵を見てから名を知るか――人はその先入観によって印象を180度変えてしまうことがある、という、目で見ることと、知識を得ることとの危うい関係も提示する。
 先入観に惑わされないこと、それと同時に自分の直感を信じること、このバランスが謎解きには大事な感覚であることを鮮やかに見せてくれる。

 王家の紛争、肖像画のという手がかり、幽閉・殺害という悲劇と巷の噂、とてもイギリスらしいテイスト満載。
 これからミステリを書こうという人に、これからミステリを読もうという人にも薦めたい、堅固な歴史ミステリの傑作。


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ホラーが導くリアル世界の痛みと不安 ―『ふちなしのかがみ』―

『ふちなしのかがみ』 辻村 深月 (角川文庫)


 梅雨明けはまだだけれど、夏向け(?)ホラー作品を。

 辻村氏で「ホラー小説」とはやや意外な感じだが、他の作品でもその要素が通底している印象はある(それほど読んでいないけれど;汗)。
 このところ、文庫化発売されるものも多い彼の作品の中から。

 「トイレの花子さん」をはじめとして、都市伝説を織り込んだ幻想恐怖譚といえそうな5話。

     トイレならぬ階段の踊り場に現れる花子さん。
     彼女に出遭ってしまったら、難を逃れるためのルールがある…。
     クラスでいじめられていたひとりの少女が花子さんと話をした。
     その夏休み、宿直で来ていた教師は、忘れ物をしたという後輩
     実習生の訪問を受け、見回りを兼ねてその忘れ物を取りに行く
     のだが――。
 “学校の怪談”に教師という大人が踏み込んだとき、ミステリ的な謎の解明と妖しが交差する「踊り場の花子さん」

     ブランコを漕ぎすぎて転落死した少女。
     クラスでも人気者として華やかに存在していたグループに入れて
     もらった彼女たちが行っていたのは、コックリさんの派生「エン
     ジェルさん」。クラスメイトや幼稚園の時の仲良しのコメントが
     造形する少女の姿と各々が抱えていた想いから見えるものは――。
 「藪の中」の手法で、どのグループに属するかで明暗が分かれる子どもたちの“社会制度”とその臨界点を、揺れるブランコの不安感に託す「ブランコをこぐ足」

     過疎化の進む寒村に住む祖母の認知症の悪化から、その家の掃除
     をすることになった孫娘が体験するおぞましく恐ろしい死体処理。
     訪れるたびに湧き出る死体を、父母も手伝いに来た彼女の元彼も、
     まるで大型ゴミを処理するかのように淡々と片づけていく。
     そこへ郵便配達人が来て、まだ処理できていない死体を見つけて
     しまった――。
 都会を離れた非日常的空間としての田舎、原因不明の死体の山、ありえない処理とそのことを忘れていく父母、姿が描かれない祖父母、成人を迎えた主人公の通過儀礼とも、パラレルワールドとも、彼女の見た白日夢ともいえそうなシュールさと、それでいて奇妙にくっきりした輪郭の現実感を持つ「おとうさん、したいがあるよ」

     ジャズ・バーで一目ぼれしたサックス奏者への想いが募り、真夜中
     にその儀式をすれば鏡の中に想い人との将来が見えるという占いを
     試した香奈子。
     彼の生い立ちを知り、自分こそそれを理解して支えられるという信
     念に憑かれた彼女は、やがてその鏡に見たものに浸食され壊れていく。
     鏡の呪縛から逃れるには、映ったものを自らの手にかけなければなら
     ない。彼女の行動がもたらした現実とは――。
 自らを映しながら現実ではない鏡の持つ妖しさから生まれた都市伝説を使い、想いを狂気へと変貌させていく女の恋慕の際限のなさを恐ろしくて哀しいミステリ的な結末に導いていく表題作「ふちなしのかがみ」

     体の弱いキョウスケといることでクラスのみそっかすである自分に
     焦りと不安を持つシンジは、級友に一目置かれたい一心で“ゆう
     ちゃん”という隣町にいる架空のスーパースターを作り上げる。
     自らの理想を形にすることに酔っていた彼だが、クラスメイトは
     嘘を見抜いていた。なお級友との距離が大きくなりかけた夏休み、
     天変地異を願っていたシンジの前に、本当に“ゆうちゃん”が現れた――。
 子どもたちがその生きる世界でポジショニングを確保するために苦闘する心理と、悲しくほろ苦くも温かい現実を、ひと夏の出来事とセミの生きざまに重ねた追想譚「八月の天変地異」

 いずれも、ホラーでありながら現実にきっちりと結びつけた骨格を持つ、ミステリ的要素とのバランスが絶妙な短編としてまとまっている。
 この微妙なスタンスの取り方がとても巧妙で、非現実的な現象ゆえに、より濃く縁どられた圧倒的な“リアル”が描かれていく。

 殊に学校という社会に生きる子どもたちを描く3作は、彼らがその中でいかに必死に自らの居場所を“より高い地位で”獲得していくことに心を砕いているかが、そのために非情で過酷な彼らの現実やルールの中で戦っているのかが、とても細やかに描かれており、痛々しく切ない世界が展開する。
 だからこそ、怪異や占い・おまじない、そして祈りが、切実な拠り所として屹立し、物語が活きてくる。

 ミステリ的な趣がより強いのは「踊り場の花子さん」「ふちなしのかがみ」。その落としどころはわりと早めに読めるものの、ホラーとしての不気味さが加味されるので、興ざめにはならない。
 また、最後にどこか救われる光を残しているという点で「八月の天変地異」が、辻村氏に対する(私の)印象にもっとも“らしい”作品だったか。

 ひときわ異彩を放っているのが「おとうさん、したいがあるよ」だ。
 次々と現れる死体やその臭気など、描かれる情景は他の作品にずば抜けて存在感と物質性を持っているのに、その世界は不条理に満ちている。まさに“シュールレアリスム”的な作品だ。
 「ブランコをこぐ足」とともに結末が、読者の想像力に大きく委ねられるぶつ切りな印象を与えるのもまた、奇妙な不安と安堵を同時にもたらしている。
 この“シュール”さのインパクトは、今後の氏の作品の方向が楽しみなところかも。

 プロットはもちろんだが、非常に細かい描写のすみずみまで組み立てられ、活かされている、作為を感じさせずに練られた5編だ。
 怪奇現象にゾッとする、というよりも、ジワジワと不安を起こさせる“怪談”。
 本当に怖くて悲しいのは、やはり怪異を見、あるいは使おうとして自らを堕としてしまう、人間の“想い”ではなかろうか。
 なかなかに楽しめる“辻村流”ホラー。こういうのはけっこう好み♪


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美しくて残酷、繊細で壮大な“夜の”ファンタジー ―『夜の写本師』/『魔道師の月』―

『夜の写本師』
『魔道師の月』 乾石 智子 (東京創元社)



 なかなかに骨太なファンタジーに出逢えてご機嫌♪
 飾っておきたいくらい繊細なカバーイラストと美しいタイトル。
 各冊でも十分にいちコラムとして語れるが、一応シリーズとなっているので一緒に。

 中東からヨーロッパを思わせる、いまだキリスト教の誕生も普及もなく、人々が「自然」と「言葉」と「思い」に宿る力を信じ、魔術とともに生活していた世界。

 右手に月石、左手に黒曜石、口に真珠を携えて生まれたカリュドウ。その不思議な出生のため、魔女であったエイリャに育てられるが、自身には魔道師としての才能がなく、共に育った魔道師候補の少女フィンを守る役割を受け入れるも、女の魔道師の存在を許さない国家最高権力者とである大魔道師アンジストにより二人を目の前で惨殺される。
 独り残されたカリュドウはアンジストへの復讐を決意、他の魔道師を殺害してはその能力を己のものとして強力になっていったこの大魔術師に勝つために、魔法とは異なる力を得るべく、街を出て“夜の写本師”としての修業を積む旅に出ることになる。
 ここからカリュドウの運命は、さすらう土地だけでなく、数千年の時空を超え、3つの石に込められた深い悲しみと憎しみと恨みの記憶を体験する大きな宿命を負っていく。
 月の巫女、闇の魔女、海の娘、彼女たちの生涯を追体験していく彼の中で、その身に抱えた傷と痛みが飽和した時、“夜の写本師”は完成し、アンジストとの最後の戦いの時が訪れる…。――『夜の写本師』

 他国を平定し繁栄を謳歌する巨大なコンスル帝国。あるとき征服地から皇帝に献上された幸運のお守りだという黒い物体「暗樹」。皆が感嘆している中、皇帝お気に入りのお抱えで大地の魔道師であったレイサンダーは、ただひとりその物体の持つ形容のしようのない太古の禍々しい空気を感じ取り、その瞬間恐ろしい囁きを聞いて、怖れのあまり「暗樹」を捨てて国から逃亡してしまう。魔道師でありながら、自らの裡に闇を抱えていない稀有な存在であったために、自身の魔法能力に限界を感じていた彼の逃亡と模索の日々が始まる。
 一方、大切な少女を守りきれなかったことを悔やみながら、自棄になって大切な書物を燃やしてしまった書物の魔術師キアルス。喪った書物の復刊を目指し、世界の果てまで旅をすることになる。
 このふたりの魔道師が、太古の悪意「暗樹」をめぐり、400年前の死闘によってこの悪意を封じ込めた青年の運命を共有した時、コンスル帝国は、なぜか舞い戻っていた「暗樹」の悪意に蝕まれつつあった。遅きに失したかもしれない今、レイサンダーとキアルスは、この太古の闇を封じることが叶うのか…?――『魔道師の月』

 壮大で、残酷で、美しくて悲しい「物語(テイル)」だ。
 その構成は緻密で、その世界は繊細で、その展開は大胆。時間を大きく飛躍しながらも、それぞれがきちんと結びついて、クライマックスに集約していくお手並みはあざやかだ。(まあ一作目はこちらが予期していないこともありながら、場面転換の入り方が少々手馴れておらず、やや唐突な印象で一瞬戸惑うけれど)
 表現は鉱物や植物の鮮やかな色彩と、魔法の準備や写本制作といった素朴な質感と丁寧な手作業の温度を以って織り上げられていく。

 『魔道師の月』の登場人物は、第1作『夜の写本師』で、カリュドウを助ける老練の魔道師の若き日の姿となっており、時を遡ってつながる造りになっている。
 とはいえ、2作目から読んでも充分に独立した物語として楽しめる各々の完成度だ。(キアルスの悲哀は、順番通りに読んだ方がより伝わるものの)

 “魔術師”ではなく“魔道師”としていること、その文字が導く「陰」のイメージが、己の中に「闇」を持ちながらそれを制御できてこそ一流の魔法使いたりえるという、説得力のある設定にとてもマッチしている。
 人間の欲望や願いを実現させることを生業とする以上、魔法は、呪いや復讐といった昏い目的に使用されることは避けられない。その善悪の判断を超えたところに自らを置ける、それこそが魔道師としての資質である、という定義がよい。

 また“魔法もの”の物語として、魔法に対抗しうるただひとつの手法に“写本師”を設定した視点が素晴らしい。
 「言霊」としての力、書かれることによって効力を発揮する“文字”を、闇の力として身につける「夜の写本師」。この存在と名称に魅せられる。
 写本師としての修業の風景が、羊皮紙のなめしから、文字に使用するインクの選定、製本の過程まで細やかに描かれていて、本好きにはそれだけでもわくわくできる。

 それぞれの魔道師が持つ魔法の特徴や手法、その手順も、石を使うもの、人形をつかうもの、本をつかうもの、血をつかうもの、動物をつかうもの、生贄を求めるもの、と、世界各地に存在していた呪術を敷衍しつつ、丁寧に描かれていることが、この魔法に拠って生きる世界により奥行を与えている。

 しかし、魔法を使っても、時を超えて生き続けても、失ったものは戻らない。
 この喪失の痛みにつながる要素の切り(捨て)方が潔く、中途半端な甘さを残していないことが、物語を残酷で切なく、切実で重たい、そして同時にどこか乾いた大人のファンタジーに仕立てた。

 まあ『夜の写本師』の方では、最後に対決する大魔道師アンジストの生い立ちが自身の母子関係に集約されるのは、ありがちな予定調和ともいえなくもないが、カリュドウが時を超えての3人の女性の生きざまを追体験する(本当の母を知らず、男として生まれながら女たちの生をなぞる)ことと、ある意味表裏をなしているとも読めるか。(写本師としての修行を含め、あまりに彼の経験が印象的なので、アンジストの最後がちょっと物足りないのかもしれない…)

 そして『魔道師の月』における、「暗樹」の在り方がなによりもよい。
 太古の、発生も定かではない、ただそこに在る絶対的な「悪」。
 石のようで、木のようで、見える人間にはそこに顔が現れる、理由も根拠もなく禍々しいもの。
 人の心の闇にするりと入り込み、その欲望を満たすようでいて、不幸に、狂気に、悪に落としていくもの。
 対峙しても決定的に滅ぼすことができず、封印がやっとの、人智を、自然をすらを超えた「悪意」。

 魔道師が、己の中に闇を抱えることで完成されていく、闇を知るゆえにこそ闘いの力となっていくという物語を支えるダークな要素すら、所詮は人間の世界に留まっているちっぽけなものでしかない、としてしまう、この超越した悪意の対置はすばらしい。
 魔道師に対抗しうる存在として写本師を置いたように、太古の「悪意」に対し、闇を抱えない(ことを自らは悩む)魔道師レイサンダーの意味が大きくなってくる。単に“無垢”や“純粋”な設定でないところが登場人物にリアリティを付与してキャラクターを光らせる。

 宿命と選択、運命と意志、不可抗力なことと自ら決断することがみごとな融合を果たした“夜の”ファンタジー。
 静かに語られながら、悠久の時を飛び、激しい感情と密やかな情熱に触れられる、繊細であると同時に大胆な「テイル」にひととき酩酊した。



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