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老眼鏡紳士とほろ苦ストーリにメロメロ ―『GENTE /リストランテ・パラディーゾ』―

『GENTE(全3巻)/リストランテ・パラディーゾ』 オノ・ナツメ (太田出版)

 とにかくその画が気になっていたオノ・ナツメ氏。
 『さらい屋五葉』はアニメがいまひとつ(途中から観たせいかも…)だったので見送っていたのだが、『つらつらわらじ』タイトル(ひらがなの並びと音がよくないか?)と表紙のキュートさがたまらず、とうとう購入。
 こちらは参勤交代を舞台にした、行間の詰まった人情江戸モノで、すっかりお気に入りに♪

 で、勢いづいて、完結しているこの4冊を続けて。
 (『つらつら…』の方はいまだ導入、これから佳境なのでこれはまた改めて(笑))

 イタリアのレストランを舞台にした、ちょっとほろ苦くやさしい人間模様のエピソード集。
 これまた多くを語らず、とても余韻のあるコーヒーのような、ワインのような大人な作品。

 なによりこのレストラン、従業員の雇用条件に「老眼をかけていること」と「紳士であること」が明記されているという変わったお店。
 
 イタリア、ローマ。集まった男たちは、いずれも渋くて老眼鏡の似合う紳士たち。
 枯れ過ぎず、サカリ過ぎず、適度の色気と落ち着きを備えた彼らの、余裕あるそしてキャリアあるサーヴが受けられる、まさにタイトル通り「天国」なレストラン。
 あー、もうこの時点ですっかり魅せられる(笑)。

 優しいカメリエーレのクラウディオ(その優しさが時に残酷で哀しくもある)、しかめっ面がトレードマークのルチアーノ(小言が多いが実はとても繊細な心遣いをする)、おおらかで陽気なフロントのヴィート(気難しい従業員の空気を和ませている)、無表情で無口、でもワインを選ばせたら、人の心までを読みとった的確さで選ぶことのできるソムリエのジジ(賄い食やデザートをモグモグとよく食べる姿がなんとも愛らしい)、人当たりが柔らかくその魅力に料理教室が大人気のシェフフリオ(女性にモテモテ)、そして彼らよりちょっと若く(巻の途中で老眼鏡デビュー;笑)、気が強く豪胆なのに、繊細なデザートをつくり上げるシェフのテオ(先にいた女性シェフヴァンナへの対抗心とその後の交流が温かい)。

 それぞれに個性的ながら、人生の機微を知り尽くし、気負いのなくなった淋しさと温かさ、豊かさを備え、そしてその人生に、得てきたものに誇りと自信を持っている。それがにじみ出る彼らのサーヴィスと色気に、女性たちは年齢を問わずすっかり虜。
 もちろん料理の味もおもてなしも、ワインの選定もすばらしく、予約はいつもいっぱい、アバンチュールを求め、あるいは熱烈なファンとして、女性たちを中心に人気のレストランとなっていく。

 物語は彼らの過去/現在を中心に、彼らの家族、恋人、そして時にはお客のエピソードも交えて、イタリアらしい、年齢や立場に関わりなく常に恋愛を謳歌することを是とした世界の中に、人々が関わり合うことの哀しみや温かさ、傷みと喜びをさらりと描いていく。

 このホンワリしながらも苦味を失わないテイストが、シンプルな画によって描かれるシーンに無限の感情を喚起して、ローマにある小さなけれど人気の高いレストランの中に色鮮やかな人生模様を提示する。
 そこには決して大文字の人生は描かれない。なんということのない男と女の別れや、親子の情愛、子弟の交流という、とても身近なものが、じんわりと切ない、豊かな読後感をもたらしてくれる。

 とにかくこのリストランテ「カゼッタ・デッロルソ」にいる人々の魅力的なことといったら!
 男ならこんな風に歳をとりたい、と感じるし、女ならやはりそのセクシーさに悩殺されて通いづめだろう、と(本当にあるなら今すぐにでもローマへ行きたい!;笑)。そして何よりいくつになってもドキドキするような恋愛感情を持ち続けていきたいな、と思わせる。

 この従業員の希望はオーナーのマダムの好み。その願いを叶えるオーナー(彼もまた最後に老眼鏡に)の人間としての幅も愛情もまたステキだ。

 作品としては、『リストランテ・パラディーゾ』の外伝シリーズとして『GENTE』が描かれたらしいが、『リストランテ・パラディーソ』がちょうどこちらの2巻と3巻の展開の間を埋めるような構成になっている。
 個人的には『GENTE』→『リストランテ・パラディーゾ』の方がより登場人物の個性を知った上で楽しめるのでおススメだ。

 ただひとつ(小さな)難をいうと、オノ・ナツメ氏の画。
 ものすごぐ魅力的で、やはり大好きだし、この作品でも彼らの紳士ぶりを遺憾なく表してくれているのだが、とにかく線がシンプルで、最初のうちは、誰が誰やら判別が難しい…。
 そもそもの私の読み方が荒いのだが(汗)、これは『つらつらわらじ』でも言えることで、人物の特定が(よほど特徴的な点がない限り)読み慣れるまで混乱するか。

 しかし、いまやすっかりファンになった氏の作品。
 中でもこの4作はかなりのお気に入りだ。年齢を重ねることのステキさを思わせてくれる。
 画に抵抗がない方には(実はあっても;笑)ぜひ、の一品。

 さて、『つらつら…』がこれまたユニークで人情味あふれている。どこまで魅せてくれるか(ワクワク♪)。




 


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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

予想以上”語り”キャラクターの魅力 -『詭弁学派、四ツ谷先輩の怪談。 』-

『詭弁学派、四ツ谷先輩の怪談。』 古舘 春一 (集英社)


 怪談、しかも”詭弁学派”ときては、その怪異と理屈の展開がなんとなく気になっていたコミック。

 ジャンプだから(きっと長いし…と)しばらく様子をみようかと思っていたら、なんとわずか3巻で完結していたらしい…。1巻の入手が困難になりそうな気配を感じ、慌てて古書店(!)廻って入手した(汗)。

 いやー正直なところ、予想を上回る面白さですっかり嵌る(笑)。3巻で終わりなのが惜しまれる出来だ。

 女子中学生の誘拐事件が続く。親友のひなのが行方不明になった中島真は、通っている中学の伝説、面白い怪談と引き換えに怪奇事件を解決してれるという”四ツ谷先輩”に願賭けにいく。
 果たして”四ツ谷先輩”は実在した!怪談をこよなく愛し「最恐の怪談」を紡ぐため、彼は教室の席を空席のまま残し、留年を繰り返して、卒業せず(!)に学校の屋上に生息していた…。
 ただでさえ怪談が大嫌いな中島の、絶叫に近い恐怖の悲鳴を気に入った四ツ谷先輩は、彼女をこき使いながら、学校に起こる数々実際の事件を、”怪談”に託してみごとに解決していく――。

 いわゆる「学校の怪談」をテーマに、四ツ谷先輩と中島真とのリズムよいやり取りの笑いを織り交ぜつつ、怪談とミステリが程よくブレンドされた学園ものといえるか。

 ただし、四ツ谷先輩は探偵を気取っているわけではない。あくまでも「おもしろい怪談」を求め、それを語ることに無上の喜びと情熱を持つ変人だ。
 このキャラクター、決してイケ男でもなく、猫背で動作もどことなくオッサン臭く、本人そのものが妖怪のような見てくれながら、どうにもたまらなく魅力的に造られている。
 怪談を語らせたらその声やトーンが絶品という設定、その結果として犯人が分かり、事件の真相が見えてくるという、あくまでも”語り”の立場に微妙にとどまっているところがいい。すっかり魅せられた。
 もうひとりのメインキャラクター中島も、なかなかかわいく、そしてたくましく、よい相方だ。
  
 想像していたほどに”詭弁”がスノッブに出てくるわけではないが、学校という不思議の語られやすい環境設定、存在そのものが怪談になっている(自ら仕組んでいる)”四ツ谷先輩”、実際の事件のフェティッシュな怖さや陰惨さと、それを”落とす”彼の”怪談”へのこれまた偏執狂的なこだわりで仕込んでいく流布と語り、語られることによってまさに”怪談”になっていく生成の論理が、ややもすると強引な四ツ谷先輩の詭弁(?)によって、みごとな重層を成す。

 怪談の裏に事件あり、事件の表に怪談あり。
 人間の狂気と欲望、罪悪感や恐れが絡みあった時、事件は起き、そこに怪談も生まれる。
 この現実と非現実とのクロスする”場”を、文字通り造り出し語るところが、詭弁学派、”四ツ谷先輩”の面目躍如たるところで、ゾクゾクさせる。

 さらに秀逸なのが、こうした現実的な論理に吸収されない、本当の霊験や怪奇が起っている可能性さえも残していることだ。
 人の心理とその弱さ、そこに生まれる事件と怪奇のメカニズム、そして現実論では解決できない怪奇現象の”あわい”が、アクの強いキャラクターによってひとつに練り上げられている。(変な人が多い学校の設定も、四谷先輩の存在が黙認されていることも、漫画としてはご愛嬌、許される範囲(笑))

 漫画だからこその画の強さという特性を活かし、新人らしい勢いとスピード感、そして黒白の効果的な使い分けやトーンを活用した作画、考えられたコマ割り、そして何より人物の独特の表情(特に目)が、柔硬の迫力で惹きつけていく。
 (画については好き嫌いが分かれるところかもしれないが…)
  
 2巻、3巻に収録されている初期の短編「アソビバ」と「王様キット」(ふたつは連作)も、物語を造る人間と、その本の中で造られたキャラクターが交差していく、これまた次元を無視し”あわい”を繋ぎ合わせた、勢いのある、リズム良い作品で好み、楽しませてくれた。
 本編と併せて、作者のメビウスの輪のようなプロットの上手さを感じさせてくれる。
 さらに3巻末の番外編も“四ツ谷先輩”の過去が描かれ、登場する祖母の気風のよさとともに嬉しくなる一編。

 学校の七不思議、ということで、納まりよろしく結末もさわやか(?)にこれにて終了しているのだが、もっと見たい、語りを聞きたい、ほんとうに完結が惜しまれる秀作だ。

 ただ、なぜこれが少年ジャンプだったのだろうか…?
 本誌の新たな試みならば大いに評価したいところだが、ややテイスト異なるような。(勇気、友情、勝利とはちょっと…(汗))
 そのあたりも短期連載だったことに関係しているのかしらん。 

 とはいえこれからの作品に期待!の漫画家発見でご機嫌な週末♪
 



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細やかに描き出される感情の機微 -『アンダーカレント』-

『アンダーカレント』 豊田 徹也 (講談社アフタヌーンKCDX)

中村明日美子作品、『トゥー・エスプレッソ』で話が盛り上がった職場の同僚がお薦めと教えれくれた。

 旦那に失踪された銭湯屋のカナエ。
 穏やかに過ごしていたはずの日常が突然崩れ呆然とするも状況は変わらず、彼との関係を自責の念と共に反芻しつつ、閉めていた銭湯を再開。薪の風呂焚き人として、臨時雇いで住み込みの堀の助けと、ご近所の好奇に満ちながらも温かい応援に支えられて、なんとか日々を回復していた。
 そんな時、同級生の紹介で、夫の行方を追うために探偵を雇うことに。初めは躊躇していたが、やはりその理由を知りたいカナエは、飄々とした探偵山崎の突き放したひと言「人を分かるってどういうことですか」の問いに、改めて自分は夫の言いたいことを感じながらも受け止めていなかったのかも、と考えるようになる。

 無口で無愛想ともいえる堀は、そうしたカナエを常に静かに見つめながら淡々と日々の労働をこなしていく。謎の多い彼に惹かれていく自分を感じながらも、どこか心に埋められない欠落を抱えるカナエ…。
 そして同時に彼女は、たびたび首を絞められ水に沈められる夢を見る。その夢の意味するものはなんなのか…。

 夫の行方を知ることは不可能と、ほとんど諦めて新しい人生を歩もうとしていたカナエの元に山崎より連絡がある。彼は元気に別の生活をしていると…そしてもう一度だけ彼女に逢うことを同意したと…。

 彼はなぜカナエの元を黙って去ったのか、カナエは夫と再会してどうするのか、カナエの夢が明かす彼女のトラウマ、そして堀の持つ過去とは…。
 後半、町内に起こった事件をきっかけに、各人の隠された”暗部”が明らかになっていく―――。

 さりげない日常を過ごす人々、そのとりとめもなく流れる毎日を送る、誰もが持っているかもしれない重いあるいは暗い記憶や感情。
 時にそうした”もの・こと”は抑え込まれ、あるいは忘れられ、あるときふと人生の、記憶の暗部から浮き上がってくる。その時に私たちはそれとどう対峙するのか、そしてどんな行動をとるのか、どのように乗り越えるのか…。

 丁寧なコマ割りと人物造形、シンプルなセリフと、セリフのないシーンの趣で、そうした人間の機微を細やかに描いて魅せる秀作。

 ストーリーも決して新しいものではないが、カナエの感情の整理と変化に合わせて、登場人物の持つ背景が明らかになっていく後半のスピード感と、関わり方の造りがとても精緻に組まれていて引き込まれる。
 町内のうわさ好きのオバサン、下衆な勘ぐりを喋りまくりながらもカナエを心配するずうずうしい居候老人、そして過去を語らない堀の魅力、結末も無理なくそして大人な関係に集約していくのがよい。

 何より、探偵山崎のキャラクターがすばらしい。探偵という人間の裏を見続けてきた彼が持つ洞察力に基づく行動が、素っ頓狂で巫山戯た軽さをまといながらも、依頼された案件の、そして人間の核心をついていくのがたまらなく魅力的だ。

 小さな町の、何も特別なこともない、特に秀いでた才能もない”フツー”の人々の日常を通し、ちょっとコミカルで、切ない毎日に描き出される”アンダーカレント”。そしてそこに繰り広げられる出逢いと別れ。ほの哀しくもさわやかな読後。

 絵の雰囲気もよいし、下手な(!)小説よりも読みごたえのある一冊。


テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

エロ・グロ全開、でも軽やかに耽美 ―『鶏肉倶楽部』―

『鶏肉倶楽部』 中村 明日美子 (太田出版)


 特にBLを好んで読むわけではないけれど、彼女の作品はとにかく大好きで、とりあえず単行本になっているものはすべて追いかけている。そのきっかけとなった作品。久しぶりに読み返してみた。

 まあ”同性愛”文化は日本の歴史的にみても決して新しいものではないし。稚児制度から考えれば中世の武将も、そして江戸時代の”陰間”も、そして近代文学では三島の『仮面の告白』もラインといえばラインだし…要は内容次第。

 新たに装丁を変えて増刷されたみたいだが、初版の青い表紙画と怪しげなタイトルに惹かれ、予想以上のその美麗なエグさ(笑)にすっかりファンとなった私には(自分が持っているからではないが)初期の表紙の方が雰囲気があったかな、と。

 最近の作品はまさにBLファンを悩殺するようなキュンとしたラブ・コメディーが多いが(私も感動している(笑))、同じく初期の『コペルニクスの呼吸』(全2巻)の、時代性と職業貴賎と、そこに抱えられるトラウマと悲哀を絡めた奥深い作品と並んで、この『鶏肉倶楽部』に描かれる”エログロ”そのものの世界は、その毒とともに、後の彼女の作品にも底通するある種の”かわいらしさ”という軽妙さまでを持っており、私にとっては夢野久作や乱歩の短編が醸し出すエログロにも劣らぬ妖しさの見事な視覚化として特にお気に入りの一連となっている。

 ちょっと妖怪めいたイラストの「おまけ」を含めて全編8編。
 しょっぱなから、鶏姦あり、グルーピー&バイセクシャルあり、身分違いの恋あり、レズビアンあり、カニバリスムあり、妄想あり、ホモセクシャルあり、あらゆる人間の色と食の”慾”を赤裸々な描写で描き出す。
 ※ちなみに『コペルニクスの呼吸』のスピンアウトものも入っているのが嬉しい構成

 とにかく絵がよい。
 その線描の柔らかさと、軟体動物のような湿り気のある人体描写がよりエロスを感じさせる一方で、同時に軽やかさも獲得し、とても印象的な瞳を持つ各人物の美しさと合わせて、幻想的なイメージを付与する。
 そして何より、主人公たちのある種楽天的ともいえる純粋な感情がオチとしてチラリと描かれることで、残酷でグロテスクな結末が、何ともいえないコミカルさと哀しい愛おしさを残す。このほのかな暖かさを漂わせる余韻がたまらない魅力だ。

 初期にすでにこれほどに官能的で耽美ですらあるエログロさと、そこに表裏に顕れる滑稽さとをここまで昇華させているのが、氏の末恐ろしいセンスと才能をうかがわせる。
 また、彼女が描く世界は、必ずしもBLである必要がないこと、逆にホモセクシャルの登場する物語はそれゆえにこそ切なさがより強く伝わるものを構築する、ストーリーテラーとしての力も感じさせる。だから追いかけることになる。
 
 この後『Jの総て』(全3巻)では、マリリン・モンローに憧れる美少年の切ない生き方を描いているが、これも痛々しく、可愛らしく、そしてなかなか重たい現代の世相を捉えていて、よい作品。これまたいずれの登場人物も非常に魅力的に描かれる。

 個人的お薦めはこの初期3作。
 少なくとも作品はいずれも決して”あと味”は悪くない…と思うのだが、この辺りは読み手の好みが大きく左右するかもしれない。

 もうひとつ。最近、彼女が新たな境地に手をつけたのがミステリといえる『ウツボラ』。
 まだ1巻だけれど、すでにその画が醸し出す美しく妖しい雰囲気がしっかりと世界観を造っている。ストーリーも、キャラクターも、そして微妙な機微を捉えるのも上手い人なので、これも先の展開をとても楽しみにしている。




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ビター・スウィートな笑いと感動 ―『トゥー・エスプレッソ』―

『トゥー・エスプレッソ』 高浜 寛 (太田出版)


 表紙の雰囲気とタイトルが気になって、初めて手にした作家。
 どうやら海外でもその画力は高い評価を得ている、知る人ぞ知る漫画家らしい。
 読後に知ったのだが、女性の作家。描き込んだ画の雰囲気からはちょっと意外。ただ、そう言われれば、作品に出てくる女性の生活シーンの切り取り方は同性の視点かな、とも。

 黒いページの中に全体的に小さめにコマ割りされるグレートーンに覆われた画面は、描写の陰影が濃く、セリフの吹きだしもフォントサイズも基本的に小さめ(かつ横書き)、海外のコミックのようで、最初は読みにくさを感じたものの、ストーリーの面白さと、フィルム・ノアールの映像を思わせるような画の運びが却って魅力を増していき、読後は1300円(!)も高くないぞ、と掘り出し物を見つけた満足感。

 パリでマンガ家として成功していたベンジャミンは、今の自分に何の意欲も見出せなくなり、その名声とは裏腹に、”生きること”の壁に突き当たっていた。そんな毎日に思い出すのは、まだ無名だった頃、一晩だけの関係を持った日本人女性のこと。
 片言のフランス語の会話の中で「厄年」を教えてくれた彼女とは、気軽なアヴァンチュールのつもりだったが、なぜかその美しさとともに脳裏から去ることがなく、彼女が残したメモをいつまでも持っていたのだった。
 第2の厄年を迎えようとしていたベンジャミンは、その虚無感に覆われた日々を打開するきっかけを求め、メモを手掛かりに日本へやってくる。

 着いたところは愛知県の鄙びた田舎町。女の残した駅名を持つ駅はすでに廃止され、繁華街もないところに降り立った彼が見つけたのは、地元の老人ばかりを相手に不味いコーヒーを出す喫茶店…。
 到着早々盗難事故に遭うベンジャミンは、しばらくこの喫茶店に転がり込んで女の行方を追うことになる。

 一方この寂れた喫茶店のマスター孔彦は、頑固で意地っ張りな割にはすぐにいじける子どものようなダメ男。母とともに菜園を営む妻にも愛想を尽かされ、現在別居中。採算も計画性もない喫茶店の夢を語りに行っては冷たく追い返され、これまた”生き方”を見失っている。

 情けなく、くたびれた中年男性ふたり、反発しあいながらもどこか共通の寂寥感で結ばれて、やがて「おいしいコーヒーを入れること」を通して、それぞれにもう一度生きる力と愛をを取り戻していく。
 ベンジャミンは探していた女性を見つけ、孔彦も妻との関係を改めてきちんと見なおす勇気を持った時、この片田舎の喫茶店と菜園の男女に、新しい人生の局面が開かれる…。

 名古屋弁で会話をする主人公一家や町の人々、見た目もむさい中年男の口論の、あまりに”トホホ”な内容、老人たちの温かい”慈悲(!)”で開くことだけはできているよれよれの喫茶店――。

 そこに描かれる情景はちっとも美しくないのに、とても洒落ていてステキな作品だ。
 大きな事件やクライマックスはない。ただ、私たちにとってもきっと身近で、ある意味取るに足らないような生きることの悲哀が、物語全体に沁みわたっており、小さな、とはいえその小さな思い出で海を渡ってきたヘンテコな外人との触れ合いの中で、再生への、これまた小さな、けれど結晶のような希望へと転化していく展開は、なんとも滑稽ながら切実でほの温かい読後感を残す。スマートで大人な物語。

 あくまでも愛知の僻町で、そこに暮らす数人の人間とベンジャミンに絞られた人間関係の間に、彼の家族やパリでのそれまでの生活が描かれるバランスが絶妙だ。同時に喫茶店に居候するベンジャミンの偶然と転機の背景を固めるとともに、物語に雑音が入るのを防いでいる。
 また、情けない男たちの子供っぽい意地の張りぶりはある意味愛おしくもあり、一方女たちの強さやたくましさ、その過去に持っている悲しみの奥行きが、好対照をなす。

 なにより、この”とほほ”な物語に、それゆえに入り込む/ちりばめられている“笑い”の要素のタイミングと匙加減が抜群。そしてエンディングへ向けて用意されるいくつかの”オチ”の構成もうまい。
 独特の陰影を持った丁寧な作画とともに、作者のセンスと洒脱さを感じさせるところだ。

 ふたつのほろ苦い人生が交錯したところに生まれる”旨み”を、その香りとともに楽しめる、”ビター・スウィート”な愛と人生の物語。
 いつもよりちょっと濃い目のコーヒーを、いつもよりちょっと丁寧に淹れて(笑)、もういちど読み返そうか。


テーマ : 漫画
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