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最愛の”アマチュア写真家”の入門書 -『植田正治写真集:吹き抜ける風』-

『植田正治写真集:吹き抜ける風』 植田 正治 求龍堂


 死ぬまでに絶対に行きたいところに、「植田正治写真美術館」と鳥取砂丘がある。
 その微妙な距離と、国内なのだからいつでも行けるという油断のせいか、いまだに果たせていないのが情けないところだが、なんとなくもったいなくて後回しにしている意識もあり(笑)。

 私にとっての未見の鳥取砂丘は、公房の『砂の女』と清張の『砂の器』、そして植田正治の作品で形作られている。

 80年代バブル期に、パルコがアート関連の書籍刊行に非常に元気だったとき、何気なく足を運んだ(三鷹方面だったか…?)小さな小さなギャラリーでの個展で彼の世界にぞっこんになった。
 今や当時刊行された写真集も絶版となり、あの時無理をしてでも購入しておくべきだった後悔の2冊(後年1冊はなんとか入手)。
 オリジナルはとても手の出る価格にはなく(泣)、まあ鳥取に行けば逢えるし…と自らを慰めていたが、このところ人気復興なのか、エッセイから写真集までが改めて刊行されているのは嬉しい限り。

 「UEDAグレー」を使用した初の写真集ということで(価格も手ごろ)、久しぶりにぞくぞくする「UEDAワールド」に浸ろうかと。

 表紙は彼の作品と一見できるものの、個人的にはショッキングピンクのタイトルのセンスには同意できず。なぜこの色なんだろか…。確かにグレーにピンクは映えるのだが、これは大きさといい、配置といい、そして副題の雰囲気との齟齬といい、ちょっとね…。

 内容は作品を多く所蔵している植田正治写真美術館と、東京都写真美術館の学芸員、調査員の短い論文(エッセイというべきか)と、お孫さんにあたる事務所代表の祖父の想いでを語るやさしい文章とともに、時代順に主たる彼の代表作が集められている。
 処々に植田氏本人の”ひとこと”がちりばめられ、作品の持つ雰囲気を補強/裏切る彼の写真に対する限りない愛情と、人となりを感じられるように意図した体裁。

 有名な砂丘に人物をてんてんとちりばめた≪妻のいる砂丘風景≫や≪少女四態≫、自然界の物体や身の周りのモノ(帽子や蝙蝠傘)を不思議な配置で撮った≪小さい漂流者≫や≪ヒトデのある風景≫、≪コンポジション≫など、いずれも懐かしくまたその世界にどっぷり嵌る。

 構図は非常に人為的で作為的で、計算されつくした美しさなのに、なぜかその空気は肩に力の入らない自然態として観るものに訴えてくる。ふとした子どもの動きも、そのアングルも、あまりにみごとな構成に収まっており、その絶妙さと心地よさ感嘆するも、その”作為”に意識が引っ張られることがない。

 あるものはマグリットの不可思議さに、あるものはマン・レイのアヴァンギャルドに、そしてあるものはイヴ・タンギーの夢のような世界に通じつつも、昭和の日本の詩情を湛え、まさに”シュール”を根底にしながら、独特のユーモアと哀楽と清涼感をもった「UEDAワールド」。

 ここでは、子どもも大人も、砂丘に流れ着いたと思しき漂流物も、すべてが”等価(オブジェ)”になる。
 その一種突き放したようなクールな視点と、しかしそれらを”撮る”ことそのものへの喜びや幸せの感情とが拮抗して、他にはないリアリズムと抒情性を発する。
 生硬さと柔軟性、冷たさと温かさ、理性と感情、この一見対立しそうな要素が、全く自然に存在しているところに、彼の作品の魅力があるのだろう。

 この魅力は晩年のカラー作品でも失われることがない。風景や人物には柔らかいソフトフォーカスを、そして物体にはよりくっきりとした輪郭線を与えさらにまたよりシュールレアリスティックに構成、その両者は対照的であるのに、もたらされる印象は、クールな目線とそのクールさを通して生まれる詩的なエッセンスだ。

 いずれの作品も(凝った構図であるのに)饒舌ではなく、静かでやさしく、そして濃くて強い。
 そこには「生涯アマチュア写真家です」と言い切った彼の自負と、写真への強い愛が横たわっている。

 私は彼の活動の軌跡や、写真界での影響やポジショニングなどの詳細を把握しているわけではない。なぜか彼についてはあまり知りたいという欲求が生まれなかった。

 その作品だけでいい―――。
 生涯故郷の砂丘と家族を愛し、そこで触れ合う人やモノを愛し、そして何よりも写真を撮ることを愛して、楽しみ続け、その楽しみに関わる写真界の人間たちとの交流も、すべては彼の作品が語ってくれる。
 そこには、悲哀も、怒りも、ノスタルジーも、誇りも、気概も、挑戦も、茶目っけも、皮肉も、詩情も、すべてが雄弁に響いてくる。
 この世界に入ると戻ってきたくなくなる至福の時空。最愛の、といっても過言ではない写真家。
 
 …残念なのがその印刷。
 モノクロ作品の陰影が(特に初期の)いまふたつくらい反映されず、ややベタっとした感じになっているのが、「UEDAグレー」を謳う割にはお粗末かな、と…。
 まあこれは、価格を考えれば仕方のないことかもしれないが。
 展覧会のカタログとして、あるいは「植田正治」というカメラマンの作品概要と、その活動歴を知るによい一冊だろう。

 あー、やっぱり鳥取、行かないと!


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