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映像で観たい、逃避に生きた男の物語 -『ブーベ氏の埋葬』-

『ブーベ氏の埋葬 [シムノン本格小説選6]』 ジョルジュ・シムノン 長島 良三 訳(河出書房新社)
 

 シムノンといえば「メグレ警部」シリーズ、なのだけれど、実はこのシリーズを読んだことがない……。
 ホームズは大好きなのに、なぜか他の海外名探偵シリーズにはあまり興味が湧かず。(テレビシリーズの「名探偵ポワロ」は、俳優とそのベルギーなまりのフランス語の設定が大好きでお気に入りではある)
 それでミステリ好きというのは、熱心なファンの方からは怒られそうだけれど(汗)。

 そのシムノンが書いた(ミステリではない?)本格小説のシリーズが、随分前から河出よりちょっとずつ刊行されている。
『倫敦から来た男』は、なんとなく映画の記憶が強いなあ…などと横目に見ていたら、ちょっと気になるタイトルを見つけた。すでにこの選集も6冊目になっているらしい。 
 装丁の表紙に使われている、パリ、セーヌ河畔にいまでも変わらぬ姿で並ぶ、古書店のセピア色の写真にも惹かれたのだろう。

 戦後間もなく、やっと人々の平和な風景があたり前になってきた、パリ8月の朝。
 いつもと変わらず古書店も開店し、いつものようにエピナル版画を物色していたひとりの老人が、何の前兆もなく、静かに、突然に息絶えた…。
 彼はその近くのつましいアパルトマンにひとりで穏やかに暮らすブーベ氏。
 年金受給者として、苦しくもないが、決して裕福でもないこの老人を慕う、アパルトマンの管理人や住人により、孤独な老人の通夜と葬儀が、彼らの献金によって行われようとしていた。

 ところが、その朝の死の瞬間を偶然にカメラに収めたアメリカ人観光客の一枚が、新聞に掲載されるや、ブーベ氏の妻というアメリカ的ブルジョアの空気をまき散らす女が現れ、彼の娘だという、うだつの上がらない夫を連れた若い女が現われ、さらにはアフリカの鉱山の共同経営者だという、オランダ人が弁護士とともに現われ、ついには若い時に家を飛び出し生き別れた兄だという、フランスをきっての紡績実業家の老婦人が代訴士とともに出現する。

 一方で死体を安置したアパルトマンの部屋には、深夜に何者かが侵入し荒らされる。何が紛失したのか分からない中で、ブーベ氏が生前に使用していたベッドからは大量の金貨が発見される。

 いったい、ブーベ氏とは何者だったのか、彼の妻の言うマーシュ氏なのか、妹の主張するランブレ氏なのか――?

 住民の大半が夏のヴァカンスで不在となっているパリで、検察から警察署の現場から上司までを巻き込んで、植民地時代のアフリカの鉱山開業ラッシュから、ドイツによる占領を含む大戦経験を経て、いま「ブーベ」として生涯を閉じ、埋葬を待つ男の過去が、その激動の時代の闇を遡って明らかになっていく―――。
 
 穏やかなセーヌの朝から始まる叙述は、そのまま映画のプロローグとして映像が浮かぶ。
 明るい太陽の光の中、衝撃的ながら、穏やかで静かな死を迎えた「ブーベ氏」は、そのまま近所の庶民の人々の好意で静かに埋葬されるはずだった。
 そこにさまざまな立場から、自身の権利と思いを主張する人間たちが出現することで、脈絡のない、慌ただしい空気が流れ、やがて戦前、戦中の暗い記憶が絡んで、怪しい「ブーベ氏」の生きざまが立ち現われてくる。

 本格小説といいながらその展開は、独りの老人の死が抱えていたそれまでの人生の影を追う、サスペンス的な要素が強い。
 やや、登場人物が多すぎて、設定や言動が断片的で突発的なため、ドタバタ劇を見ているような騒がしさと、強引さがなくもないが、いつのまにかブーベ氏の正体を追って読み進める自分がいる。 

 恵まれた事業主の子息としての環境を捨て、過激派の社会主義運動に身を投じ、犯罪さえも犯して娼婦と逃亡、さらにはその女を捨てて単身イギリスへ渡り、その間には遠くアフリカで多くの黒人女性を囲って、現地の王のような生活をしていた彼の生き方は、最後には戦時ならではの正体に行きつく。(途中で予想はついてくるので私にはあまり衝撃はなかったが)

 その軌跡は、常に自分の身近に築かれる環境を壊し、関係を断ち、自分を消していく、あらゆるしがらみから逃れようとするひとりの男の姿を浮かび上がらせる。
 身勝手で傲慢、同時に博愛的で平等主義的、支配者層としての西洋を批判的に見ていた視線、そして薄暗い経歴が、その死の直前の穏やかさや明るさと、強烈な対比として描かれる。

 その中で、彼の死を悼む人間のひとりとして登場する浮浪者の存在が、晩年のブーベ氏が最後に望んだのうであろう姿として印象を残す。
 何もかもを捨て、日々のワインとパンだけで生きる男に興味を持ち、話しかけていた「ブーベ氏」。
 それは、生涯を通じて逃避を続けてきた彼が見出した理想の生活。

 河畔で死んだ時、彼の表情は優しく微笑んでいたという。
 ベッドに隠した金貨を使うこともなく、通俗的で希少価値も少ないエピナル版画を蒐集していた「ブーベ」としての生活は、彼にとって最高とはいえなくとも、やっと落ち着ける場所だったのかもしれない。

 人とのつながりを最小限にしていた彼でも、なぜかアパルトマンと周辺の住民たちには好かれていた。
 特に管理人夫婦の夫人マダム・ジャンヌの、下町のおかみの世話好きと、突然に現われる幾人もの葬儀の主催者/相続人の見栄や慾得への反発、彼の死に対するセレモニーに対する独占欲の表われは、とても活き活きと描かれる。
 
 そのキャラクターが、ようやく身元があきらかになって葬儀が行われ、関係者がそれぞれの”階層”に分かれて墓地に向かう車の列の描写をより哀しくニヒリスティックな情景にし、これまた映画のラストシーンのように象徴的なものにしている。

 それほど長編でない中にかなりの登場人物が配されるため、他の人物についてはそれぞれがなかなか魅力的な造形をされているにも関わらず、物語の中で断片的な印象しか残さないのがやや残念だ。
 また、フランス人にとってはあたり前の事前了解の世界(認識)が、すぐには読みとりにくいところもあり、唐突にあるいは荒く感じるところもある。
(もう少し、エピナル版画が持つ寓意が分かるとよかったのだけれど…ちょっとそこに持つ自分のイメージが希薄でもったいない読み方しかできていない気がしている)

 まあその飛び具合は、この作品が描かれた時代(40-50年代)を考えると、逆にその欠落を想像力で繋いでいく面白さを持っているともいえるか。
 想像の部分を(彼の過去の部分を)フラッシュバックとして挿入したら、或る人間の生涯を、シニカルでコミカルで、そしてサスペンスあふれるエピソードで綴った、一篇の上質なフランス映画が出来上がるだろう。

 パリのエッセンスにあふれる非常に映像的な一作として楽しめる。 


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