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静かなる激闘に照射されるコロンビアの闇 ―『誘拐の知らせ』―

『誘拐の知らせ』 G・ガルシア=マルケス 旦 敬介 訳(ちくま文庫)
 

 元ジャーナリストだったという、ガルシア=マルケスのノンフィクション。
 あまりこのジャンルは読まないのだが、なかなか情報の入ってこない南米の闇の側面、その故郷の姿をノーベル賞作家がどのように見ているのかに興味がわいて。

 80年代コロンビア。麻薬密輸組織があたり前のように国内外で活動し、ある意味では日常の取引として成立していたその商売が、国内治安安定とアメリカの圧力を中心とした国際社会での信用を獲得するために犯罪として取締りを強化されるようになった時から、政府と組織との闘いは激化していった。
 政府と麻薬密売組織との多くの対決の中で、対外的にも、国内の犯罪撲滅のためにも、90年代新たに大統領となったガビリアは、武力による解決から司法取引による投降を提案するも、断固としてこのテロおよび強迫に屈しない態度を貫こうとする。
 その法案が可決するや、政府やマスコミの要人、あるいはその家族を狙った誘拐事件が続発、時には爆破テロも行われるその背景には、麻薬取引により絶大な権力と資産を持っていた組織のトップであり、その権力から一時は国会議員にもなったこともある首領エスコバルによる政府との駆け引きの思惑があった。

 犯罪者をアメリカへ引き渡さないこと、自国の対抗組織や怨恨を持つ人間から、自身と家族、およびグループのメンバーを保護するシステム(つまりは刑務所)を創設すること。
 より自分の身内に有利な条件を獲得すべく、彼は組織を使って4組10名のジャーナリストや政府関係者の肉親を誘拐、監禁し、なかなか強硬姿勢を崩さない政府との間で繰り広げられた、死者を含むこのショッキングなニュースは国内にとどまらず、世界で報道された。

 マルケスは、当該者であったマルーハ・パチョンとひたすら解決のために奔走した夫アルベルト・ビヤミサル夫妻を中心に、監禁されていた人質の生活と精神状態、家族の必死の武力制圧の抑止と話し合いによる解決の模索、その間の苦しみ、そして政府のドライともいえる公的スタンス、密売組織「メデシン・カルテル」を率いるエスコバルの追い詰められながらも最後まで妥協しない交渉を続けるふてぶてしさというか、したたかさを、緻密な取材をもとに、それぞれの視点で、等距離に淡々と描き出している。

 それゆえにこそ、その事件の重さとそれぞれの苦悩の深さがより強く伝わる。その記述はさらに、複雑なコロンビアの政府と麻薬組織との関係の経緯、組織の犯罪に引けを取らないと思われる警察の横暴、国内の貧富の差や人種の問題、その格差が抱える歪み、キリスト教に根ざす信仰の在り方、そしてアメリカの(見方によっては非常に一方的な)圧力の存在が鮮やかに浮かび上がり、「コロンビア」という国が持っていた、さらに現在に至るまで抱え続ける“闇”を照射する。

 司法取引の存在しない日本にいると、人質の命が助かることを望みながら、無事に解放されたことを喜びながらも、その犯罪を犯している人間の要求が通ってしまうことにも何か釈然としないものが残る。ひどい環境に置かれ、生と死の境をつねに意識しなければならない人質の肉体的・精神的苦痛と、家族の心痛を思うとなおさらに。
 とはいえ、では有効な解決法は…と問われれば、沈黙するしかないこの光明の見えない状況に、息苦しくなる。

 その中で、ビヤミサルの抑制した対応や、人質となった人々の監視の若者との交流や気持ちの保たせ方、マスメディアを通じての暗号による意思伝達など、現実を見極めて対処する、その強さと誇りに圧倒される。
 どちらの立場になっても、自分がここまで希望を持ち冷静に行動できるか、全く自信がない…。(そもそも交渉のカードとして使える社会的立場や環境にはいないので前提にもならないが)
 その意味では、誘拐の対象者としてはエスコバルの的確な人選だったといえるのか…。

 恥ずかしながら当時、私はこのニュースを覚えてはいないし、治安が不安定だと言われているこの国のその理由を深く思ったこともなかった。
 名前と血縁関係がとても複雑で濃い人々なので、カナ文字が苦手な私は、しばらく人物の相関関係を把握するのに手間取ったが、事件の経過そのものは非常に分かりやすく、かつ緻密に追っていける。

 センセーショナルなドキュメント・レポートではない。だからこそそのリアルで生々しい恐怖と理不尽が、解決までの困難が、生死を分かたれた人々の悲劇と奇跡が深く突き刺さってくる。
 また、いつそうした暴力や脅迫、無法に晒されるかも知れないこの国の環境に生きている彼らと、犯罪が絶えないとは言いながら、国との闘いに個人が巻き込まれることがほとんどないという意味では、(ボケていると思えるほどの)平和な日本との違いを痛感した一冊でもある。


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