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文化を、政治を、世界を「言葉」化することの力 ―『鏡のなかの薄明』―

『鏡のなかの薄明 苅部 直 (幻戯書房)

  
 政治思想史学者として、その(文字としての)名前は見知っていたが、初めて手に取る。
 ≪日蝕2≫と名付けられた大岩オスカール氏の画を使用した装丁に、タイトルがとても合っていると感じたこともある。

 苅部氏がこれまでにあちこちで綴った書評や、時事所感、演劇・展覧会評を集めた論評集。

 その視点は広く深く、時に重く時に軽やかに、政治を、社会を、時代を、そして文化を見つめる。
 穏やかで静かな語りの、端的な言葉に著された各々はわずか数ページのエッセイながら、それらを読み集めた時、「苅部 直」というひとつの確固たる核に集約していく。
 それは決して専門とされる政治思想史にとどまらない、柔らかい感受性と豊かな見識に支えられた世界を啓き、キュッと心をつかまれる時間を与えてくれる。

 全体をその内容に沿って4つのカテゴリに分ける。

 著者が読んだ本や日々目にする時事に思ったことから、社会を語る「社会の風景」。
 同じくそうしたものから現代政治と戦争について考える「戦争と政治をめぐって」。 
 読売新聞に連載された読書案内からの抜粋「本のソムリエ」。
 彼が接した展覧会や映画、コンサートなどと文学を語る「文化の断面」。

 本書タイトルに使用された一篇は、「社会の風景」の中に収められた、鈴木忠志演出の『サド侯爵夫人』を観た所感。

    この題名が、収録したものの多くにただよう気分に合っている
    ように思えたのである。何とも不透明でありながら、かすかに
    希望が見えるかのような現実と、それを映す鏡としての文章。


 解説で、著者自身がいくばくかの面映ゆさを持ちながらその由来を語るように、全編に穏やかでいて鋭い、そしてなんとも言えない喪失感と希望の共存といえそうな独特の空気が流れている。
 そしてそれを何とか“姿”として表そうとすること、“言葉化”しようとする想いが、漢字・かなの使い分けのこだわりに見えるように、文章のすみずみにまで行きわたっている。

 この「気分」と「文章」に浸るのがとても気持ちよく、同時に知的刺激を与えてくれる。
 また、モヤモヤと言いきれないでいた感覚を的確に表現してくれる、ちょっと悔しさも含んだ爽快感も。
 
 「社会の風景」では、見たもの、読んだものに対し、単に感じたことを語るだけではなく、それを感じる自らの、大きくは日本の(世界の)過去を照射しつつ、現在の社会に意識を繋げ、さらには未来への希望へと結び付けていく、そしてその思考をどのように「言葉」として著わしていくか、という彼の一貫した思考の一片を見ることができる。

 「戦争と政治をめぐって」は、日々漫然と流さず、気になったものについてはそれを拾い上げて「語る」、その繊細で丁寧な視線が、社会を変える、小さくてもとても大切な“力”となることを感じさせてくれる。

 「本のソムリエ」は、一転して楽しげで、軽やかな読書案内。
 読者からのある意味漠然としてわがままなオーダーに対し返される返答は、専門分野を離れ、自由に、多岐にわたり展開されるリコメンドと、甘い毒をも含むお茶目さももちながら、著者の幅広い読書歴に感嘆させられる。

 そして「文化の断面」。
 ジャコメッティ、コーネルから、町田久美、草間弥生まで、山本七平から田中純、椹木野衣まで、中井久夫から鷲田清一まで、そして唐十郎から中村紘子、平野啓一郎から田口ランディまで、アート、歴史・思想、精神分析、演劇・音楽、文芸と、「文化」のあらゆる相を散策するこの章は、前章以上にその猟歩範囲の広大さと柔軟さで圧倒する。
 個人的に好きなアーティスト、興味のある作家についての言及が多いこともあり、ワクワクとページをめくる手が進む。
 
 この最後に付された“変わらない風景”が、氏のスタンスをみごとに現している。

    「ふつう歴史の現場と言えば、政変とか天災とか、年表に残る
    ような大事件のあった場所について、そう名づけることが多い。
    だが、そうした旧跡に限らず、有名にせよ無名にせよ、かつての
    世を生きた人たちが、ささやかな足跡を記している場所を、さし
    ずめ小さな歴史の現場と呼ぶことも許されるだろう。」


 大文字の歴史ではなく、人々が生活の中で残した“足跡”という小さな歴史の跡・痕。
 その視点と視野を以って、政治思想史を見つめる氏の在り方は、机上の「学問」としての歴史ではなく、生きた社会を映す「鏡」として、批判と嘆きと喜びと希望をもって過去・現在・未来を映し出す。

 だからこそ「薄明」にそこはかとただよう空気を映しだす鏡としての「言葉」は、力をまとう。
 静かに、穏やかに、同時に鋭く、厳しく、私たちに訴えてくる。世界を捉えるひとつの“武器”として。

 そしてまた読みたい本も増えてしまったのであるが…(笑)。


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