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言葉との戦い:世界を記述する不可能性 ―『言壺』―

『言壺』 神林 長平 (ハヤカワ文庫JA)

 

 『完璧な涙』で、そのハードボイルドなコンセプトと文体に魅せられた神林氏。そのうち他の作品も、と思っていたら、なんともカッコいい装丁で再文庫化された、カッコいいタイトルに飛びついた。しかも解説は円城塔氏。これだけでコレクションに加えたくなる(笑)。

 1994年に発表された、「言葉」を記述すること、その言葉で「世界」を創造することにまつわる短編SF集。日本SF大賞受賞作とのこと。

 近未来、ワープロからコンピュータへ、やがて文章作成支援システムとしての著述援用マシン「ワーカム」という学習する人工知能を持つ機械が人々の生活に導入された時代を設定として、さまざなまな時間と環境に飛びながら、文章を書くこと、物語を造ることに対する意識的なまでの追求と、そこから生みだされる“言葉”の力との闘いを著わしていくクールな作品。

 『言壺』からとりだされるのは、「綺文」「似負文」「被援文」「没文」「跳文」「栽培文」「戯文」「乱文」「碑文」の9篇。
 それぞれのタイトルも、ときに哀しみをまたはユーモアを、ときに痛みをまたはアイロニーを表現する、にくらしいまでにシンプルでかつ含蓄の多いものにまとめられ、美しいまでに精緻に組まれている。

 とにかくゾクゾクするほどのメッセージをドライな筆致で著わしていて、すっかり魅せられた、ご機嫌な妙作。どうやってこの楽しさを“ことば”化できるか…。

 1.「私を生んだのは姉だった」この一文がどうしても拒否されてしまう。
 ワーカムによる支援により作家家業を続けていた解良(けら)は、やがて完成した作品が自分の創造した世界には思えなくなりスランプに陥る。打開のために入力したこの一文は、ワーカムが“適性”な形に変えて出力してくる。
 システム屋の古屋にそのエラーの修正を依頼した解良に、彼はその文章が持つ、現在の社会システムへの恐るべき破壊力の可能性を指摘する。
 自身の作家としての意地とプライドをかけて、この一文をなんとかワーカムに乗せて、ネットワークの言語中枢へ侵入させることに成功した解良だったが――。

 「言葉」が喚起する無限の想像力に対して、「正しく、適切な」ナビゲーションを行う文章作成機能が排除しようとする“言葉の矛盾”への反応が、期せずしてそのシステムが管理している社会そのものへのバグになる可能性という、まさにその「言葉」の持つ力を象徴する、ゾクゾクするようなサスペンス性の高い一篇「綺文」はことに秀作だ。

 さらりと読んでしまうが、ふと戻ってその不自然さにハッとする、作為に満ちた一文から始まる導入のインパクト、そして作家としての創作の思考やその過程を垣間見せつつ、自分が生みだす言葉と、支援によって“導かれる”言葉の微妙なズレをみごとに作品として昇華させている。その結末もニヒリズムが漂っておりとてもよい。

 2.ワーカムにより、ネット世界で作家として成功を収めたものの、自らを「電送作家」を揶揄をこめて呼ぶほどに、もの足りなさを感じ、スランプに陥っていた水谷が、国家機関のとあるセクションから要求されたのは、「匂い」によって書かれた物語の解明だった――。

 視覚によってそのイメージを拡げる言葉による小説世界を香りという手段で著わすという、そのコンセプトに圧倒される「似負文」(音により踏襲しているあたりがまた…)。

 3.ワーカムとのやり取りを、煩いと思いながらも的確に文章が紡がれていることに利便性を感じるようになった作家が、手書きで創作していた時との齟齬を記述するうちに「リアル」が曖昧になっていく。それでもワーカムを知ってしまった今、彼はもうその“他者”が介入している感触をもたらす“リアル(現実)”な完成を導くマシンを手放すことはできそうにない――。

      「わたしはリアルなものを書きたかったし、書いてきたつもりだ。
      作家というのは単に地を書くことが仕事ではなく、この世の矛盾を
      そのまま表している頭の中のカオス的状態を文字のつながりとして
      吐き出すことだとわたしは思っている。」

      「小説を創るというのは、想いを言語化すればこういうことかと再
      認識し、発見することだ。…(中略)…元来言葉にならないものな
      のだから、それを言語化するというのは矛盾であって、完全な言語
      化は不可能なのだ。真実があるとすれば、書くという行為、そのも
      のにある、…」

      「ワーカムから完全に逃れることはもはやできない。山奥で仙人に
      でもならないかぎり。…(中略)…これが人間の生き方なのだ。
      より便利になり、それで自滅しようと、人間はそのようにしか生き
      られない生物なのだ。」

      「この世に神秘的なものがあるとしたら、そう感じさせる唯一のもの
      は、言葉、ただそれだけなのだ。」


 思わす引用せずにはいられない、散りばめられる創作という行為の永遠に続く魅力とそれを決定づける言語の伝達不可能性、さらにはそれゆえにまとう神秘性についての記述が、ワーカムに捉えられて現実/非現実が曖昧になっていく作家の呪縛をより切実に、哀しく浮かび上がらせる「被援文」は、それだけで読みごたえたっぷり。

  4.文字に印刷された小説が太古の海に沈んだ考古学になっている未来社会は、その海上に建てられた地上800階におよぶ階層社会。フロアごとに職業が分別され、500階台に暮らす夫婦は、ワーコンというネットワークシステムで「小説」を送りだしている。より上階の人間が携わる、水没した「小説」のような作品を創ることを夢見る家族の物語「没文」。

 5.ワーカムがさらに進化したサイメディック・ネットに繋がっているシステムで創作活動をしていた多才な兄から相談を受けた堅実なシステム屋の弟。兄のネットワークで見つけたのは「私を生んだのは姉だった」の一文。
 ワーカムがそんな文章を載せるはずがない、そう思いながらも現実にそれはネットワーク上に記載されており、それにより、兄の精神は崩壊していく――。

 言葉が精神構造を支配する、コンピュータに侵入しその論理体系を狂わせるウィルスを彷彿とさせる言葉の威力が恐ろしく、悲しい結末として描かれる「跳文」。

 6.言葉のシステムが崩壊し(「綺文」から「跳文」をはるか下った時代か)、人々は、結晶化した言葉の森に囲まれて、各自が「ポット」を所有して言葉を育てている世界が描かれる「栽培文」。

 美しいおとぎ話のような体裁で拡げられる、思春期の少女が紡ぎだし、拾い上げていく「言葉」の花。そこには失った言葉の幹を再度復活させようとする、悲しいまでの願いがこめらる。

 7.うつ状態に陥り、ワーカムでの作文作業も出来なくなった作家が、ふと受け取った通信は、定年後独りになってワーカムを購入した父からのメッセージだった。これまで出来なかった創作をしてみたい、という父に、リハビリにもなると思った男は、ほとんど断絶していた父と毎朝小説を書くことについてのアドバイスを通じて対話を始めるが――。

 小説を書くノウハウを伝授していたはずの父との対話が、父の死をきっかけに暴いたものは、あまりにも痛ましく、そして虚実が反転する結末だった。ワーカムはどこまで人間の意識に侵入してくるのか、そんな恐怖と皮肉が鮮やかな「戯文」。

 8.まるで『ユリシーズ』の最後の章を彷彿とさせるような、読点のない文章が、その加速と途切れのないことへの不安を掻き立てつつ、語り手のKが記述するのは、自分が操っていたと思っていた言葉に操られていたことへの自覚と、そこに飲まれまいとする足掻きの記録――。

 まさに「自立した言葉」(ワーカム)に浸食されていく人間の最後の悲鳴のような「乱文」。

 9.そして最後にたった“一文”で閉じられる「碑文」。

 ここまでワーカムと人間の「言葉」をめぐる闘いを読んできた私たちに、この“ひとこと”が意味するものは、もはや自明ではなくなっている。
 この最期の“一文”はいったい誰が発したものなのか…?
 こうして「碑文」を前に、「言葉」というものへの問いかけと闘い、そしてその可能性と内包する力の危険性を改めて自問していくことになる。

 うーん。文句のつけようのない余韻と切れ味!

 氏の作品はつねに、語ること、その言語の表現するもの、そこから得られるイメージや感触の可能性を深く、緻密に考察した軌跡を感じさせる。
 SFという、高い想像力が要求される分野で、「語ること」と「文章にすること」の限界と可能性を追求しているスタイル、それを高度な構成に、確信的に創り上げている精巧さがたまらない。

 さらにこの作品は、氏の考える「作家」という人間の在り方が、創作という小説家の在り方が、随所で開陳されており、それがとても魅力的だ。
 また、インターネットが軍事目的から一般社会に普及し始めた時期に、すでにこの世界を描いている氏の先見性には驚くばかりだ。

 論理的な思考、緻密な展開、ロマンを持ちながらも渇いた世界を記述していくその手腕は、円城氏とも通ずるか。
 そして円城氏の解説も、「解説文」と銘打ち(このセンスが嬉しい)、彼自身の作品よりも分かりやすい(笑)語りで締める。

 とにかく、とにかく、かっこいい短編集。



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