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より豊穣なイメージが広がる絢爛スペース・オペラ ―『新訳メトロポリス』―

『新訳メトロポリス 』 テア・フォン ハルボウ  酒寄 進一 訳(中公文庫)

 
 2008年にアルゼンチンで発見された映像を加えた現段階での完全版はまだ観られていないのだけれど。
 無音のもの、クイーンによる音楽がつけられたもの、いずれもお気に入りの映画。(音のない方が特に)
 2010年にブルーレイでこの完全版が発売され、そのタイミングでの新訳と思われるが、ドイツの誇る、そして今でも燦然とSF映画史の筆頭を飾る大作を、文章で読んでみようか、と(予告通り:笑)。

 言わずと知れたF・ラングの名作なので、あらすじもいまさらながら、簡単に。
 脚本は彼の2番目の妻であったハルボウ。主たる筋は恋愛になっているが、その壮大な都市の様子と、破壊と救済の物語は、その後のSF作品のひとつの原風景ともなっているといえよう。

 機械により支配・管理された巨大都市メトロポリス。その中枢に屹立するバビロン・タワーに君臨するのが、支配者であるヨー・フレーデルセン。彼の操るパネルの指示に従って、労働者たちは毎日その機械の中に飲みこまれ、精根尽き果てて地下の住まいへ帰っていく。
 彼らからの搾取によって生きる支配者層の人間は、上等の洋服をまとい、無為な日々を無難な娯楽に費やしている。その代表ともいえる、支配者ヨーの息子フレーダーは、とある少女に出逢ってから、そうした自分の立場や現在の在り方に疑問を持ち、冷酷で息子も省みることのない父へ反感を持つようになる。聖女のようなその少女、マリアへの日々募る狂おしい思慕と共に。

 同じ頃、かつての親友で今は敵対していながらも、存在することを許しているロートヴァングと再会していたヨーは、彼の発明品であるという、精巧な女性型ロボットを見せられる。
 若き日に、愛する女性ヘルをヨーに奪われたことで堕ちていったロートヴァングは、彼への、そして人生そのものへの復讐と、すべての存在を無に帰すために、このロボットにアリスの面影を写し、労働者たちを反乱へと導いていく。

 反旗を翻す労働者たちの暴動、破壊されていくメトロポリス、その中で本当の愛するマリアを救おうと奔走するフレーダー、フレーダーを失う危険に際して、初めて父としての、人間としての心を取り戻していくヨー、マリアにヘルを重ね、自分のものにしようとするロートヴァングの狂気……ひとりの少女の無垢なる魂と、それを悪用した人造人間の扇動が、機械化された街に疑問と権利の主張、そして無秩序と崩壊をもたらした時、彼らには本当の人間の愛が取り戻せるのか――。 
 
 街に煌めくネオンサイン、貧富の差が明確になった光と闇の対比、巨大機会都市メトロポリスとそれが建てられた下に眠る古代都市の遺跡やカタコンベ、歓楽街としてのヨシワラ、労働シフトを知らせるために鳴り響くサイレン、前史から残る教会の鐘の音、タワーで絶えず人を運ぶエレベーター、世界の株式を秒刻みで計算し続ける秘書の群れ、街を走るタクシー、そしてそこに古今東西の神話や神の名や形象が象徴的に散りばめられていく。

 当時の近代化で生まれた新しい要素がさらに先鋭化されて、このバビロン・タワーとメトロポリスにふんだんに盛り込まれ、同時に前近代の遺産が、強い光の元に、却って濃い影を作っている様子が、街にも人間関係にも絶妙に配置されている。

 脇役として出てくる、ヨーに解雇された第一秘書のヨザファート、フレーダーと一時身分を入れ替わり、つい慣れぬ大金にヨシワラに向かってしまうゲオルギ、機械製作者で管理者であったグロートらも、最後までそれなりの存在感と役割を振られて、物語を構成するコマとして光る。

 メトロポリスの栄光と退廃、豪奢と陰影、興奮と倦怠の情景は、この映画はもちろん、『ブレードランナー』や『マルドゥック・スクランブル~ヴェロシティ』、さらには『銀河鉄道999』なども喚起させ、その系譜として連綿と継がれてきたイメージを作っていることを実感させる。

     「頭脳と手を繋ぐものは心でなければならない」
 
 主題通り、機械都市メトロポリスがその機能を止め、静寂がもたらされた時、マリアとフレーダーの愛ヨーの母との和解、そして贖罪を含めた復興への一歩が踏み出される。

 強いて言えば、初めての恋に懊悩するフレーダーの姿を、彼が大切にしているパイプオルガンを演奏するシーンに描き、その荘厳な音楽の視覚的な表現でオープニングとしているのだが、それがあまりに美しく、象徴的なので、もう少しラストシーンとシンクロするとよかったな、と。
 また、すでに死せる存在としてこの街に災いをもたらす敵役ロートヴァングの造形が、その転落と悲劇に浸って生きる過去が付され、破壊の元凶である美しくも禍々しいロボット「パロディ」を創り上げた不遇の天才で、ヨーのかつての親友という悪役ながら哀しく憐れな設定を持ちながら、登場がややご都合的で、キャラクターとしてもったいない、といったところか。

 とはいえ、どうしても映画の脚本は、小説作品が映画化されるベクトルとは異なり、初めから映像化を主体に創られているため、その映画作品を観た時ほどの感動が少ないことが多いのだが(顕著だったのが『セブン』…)、こんなに読み応えのあるものはそうはない。
 もちろん映画のために初めから視覚的イメージが鮮明な文章ではあるのだが、それ以上に映像化しきれなかった要素がふんだんに盛り込まれおり、映画を離れてもなお、贅沢なほどに五感を刺激し、イマジネーションを掻き立ててくれる魅力に満ちている。 

 引地渉氏によるカバーイラスト(コラージュ?)もメトロポリスの喧騒ときらびやかさを感じさせてよい。
 映画の脚本と侮るなかれ、一読の価値あり。

 あー。ブルーレイ(まだ自宅では見られないのだけれど;苦)、完全版でもう一度あの豪華絢爛なドイツの誇るSF作品を観たくなった!


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