スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鮮やかな反転。「装飾」の論理が持つエロス ―『建築のエロティシズム』―

『建築のエロティシズム―世紀転換期ヴィーンにおける装飾の運命』 田中 純 (平凡社新書)


 その思想と記述の奥深さにはとても追いつかずかなり未消化の部分が残るのだけれど、どの著述もがたまらず、熱烈に追っかけている田中純氏。

 書棚にはほぼすべての著作がならんでいるのだが、もったいなくて(悪い癖…)、楽しみで、じっくりと読みたくて、つい後回しに。
 そんな中、手軽な新書で氏のものを入手できる嬉しい刊行。
 しかもテーマは、世界的なムーヴメントであった近代化ながら、ハプスブルグ帝国の歴史と新時代の革新が拮抗し、独特のエリア性(どこか閉ざされた、田舎な…;笑)を持っているところが大好きで、これまた惹かれてやまない世紀転換期のヴィーンの建築を主軸に「装飾」から見ていく文化・思想論。
 これだけで心は踊り出す。

 この転換期にきらびやかに都市を、空間を飾ったヴィーンの装飾に対して、まさにヴィーンっ子で、とりわけダンディと言われたアドルフ・ロースは、その講演『装飾と犯罪』で、空間を埋め尽くす装飾の“過剰”を断罪し、クリムトらヴィーン工房を攻撃の対象として激しく批評した。

 氏は、このロースの嗜好と思考とその建築をベースに、ヴァーグナー、ヴァイニンガー、カフカ、フロイト、ソシュール、ココシュカ、ヴィトゲンシュタイン、タウトと、建築、文学、芸術、思想を横断して、ヴィーンに花咲いた装飾の「論理」に宿るエロティシズムを浮き彫りにしていく。

 終焉を迎えたオーストリア=ハプスブルグ帝国に胎動していた「聖なる春」の真実を暴きだすという近代性と、それによって生まれる“価値真空”を怖れ、埋め尽くす装飾の氾濫という、一面ではブルジョアジー文化の保持の要素を持つ二面性を、クリムトたちの統合芸術と、オットー・ヴァーグナーの建築に見出し、その経済性や機能性とは異なる装飾の意味と、「墓碑としての」過渡期の文化を浮かび上がらせる1章(「オーストリアの終焉 聖なる春のヴィーン」)。

 建築家としてだけではなく、当時の文化やファッションに対しても批評や雑誌の刊行をしていたロースの美意識から、女性のモードを取り上げ、そのダンディズムに潜む男性の性衝動の対象としての女性像を暴きだす2章(「建築家のダンディズム アドルフ・ロース1」)。

 その男性視点の女性観から、『性と生活』を著したヴァイニンガーを取り上げ、その論理にある男性の欲望の投影としての女性像を明らかにし、そこにロースのモード論との共通点を見いだして、「装飾と犯罪」における装飾論にひそむセクシュアリティ論の要素を暗示する3章(「反フェミニストの遺書 オットー・ヴァイニンガー」)。

 そしてロースの「装飾と犯罪」のテクストと、当時論争を巻き起こしたロース・ハウスが体現した装飾排除の意味を読みとる過程で見えてくる、彼のダンディが攻撃した、対象としてのブルジョア男性という限定性、“装飾”の“犯罪性”が現代人の趣味や道徳性から法的なそれに置き換えられていく倒錯を、カフカの『流刑地にて』に顕わされる、装飾と犯罪の関係を逆転させた作品の姿を通じて提示する4章(「装飾と犯罪 アドルフ・ロース2」)。

 「法」が持つ隠れた欲望への嫌悪、それがあからさまな装飾の表象と重なった時、ロースのダンディがその露悪趣味的な過剰を許せなかったことを説いていくこの章は、彼が必ずしも装飾を全否定していたわけではなかったことを、同時に後世に装飾否定者としてロースが位置付けられることになった要因を浮かび上がらせてとても興味深い。

 こうしてロースが排除することに情熱を注いだ“装飾”について、それを彼自身が「フェティッシュ」と呼んだことから、やはり同時代に生まれたフロイトの精神分析論におけるフェティシズムを通して、記号としての装飾の意味作用に注目した時、それは「去勢されたペニス」に代替されるもの、という男性優位の論点に立った「不在の記号」に支配されたものであることを導いていく5章(「装飾としてのペニス ジークムント・フロイト」)。

 ロースの装飾への弾劾が、フロイトの発見した「無意識」の精神分析を建築から探る論理として機能していたことを導き出した時、そこには禁欲とは遠い、むしろ無装飾という「不在」ゆえにこだわる、フェティッシュなエロスがひそんでいることが見えてくる。

 この鮮やかな反転の論理は、それまでに述べられてきたヴィーンの文化的背景やヴァイニンガーらに代表される男性視点の欲望の定義によって補強され、ロースの潔癖とダンディと彼自身のエロスの描写とみごとに呼応して、ゾクゾクしてくる。

 このロースの倒錯したエロス(フェティシズム)から生み出された(反)装飾の意味が明らかにされたところで、実際に彼によって造られた建築からその要素と特徴を見ていく6章(「両性具有の夢 アドルフ・ロース」)。

 外部のシンプルで無表情なたたずまいのダンディに対して、彼の造り出す内部空間は、細かい段差や入れ子状になっていたり、鏡を多用することで視覚的にも重層的なイメージを反復しており、「見るもの/見られるもの」が反転を繰り返しながら内部へ内部へと籠っていく子宮的ともいえる女性的な要素を強く持っていることを示し、その性差という差異の均衡のために、矛盾を引き受けた特異な人物ロースを「破壊する建築家、装飾否定のフェティシスト、そして、子宮羨望を抱くダンディ」と呼ぶ、氏の語りにすっかり魅了される。

 そんなロースの、独特で、非常にストイックで、危うい濃密さを持ったエロティシズムに影響を受け、さらに彼が持っていたストイックささえも崩壊させて過激に引き継いだ者として、ココシュカとヴィトゲンシュタインが挙げられる7章(「恐るべき子供たち1 オスカー・ココシュカ」)と8章(「恐るべき子供たち2 ルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン」)。

 偉大な作曲家マーラーの未亡人アルマとの恋愛、その破綻をどうしても受け入れることができず、作品に描くにとどまらず、女流人形作家モースに等身大の人形まで造らせた、という、傍から見ていたら、かなり引く“あぶない”行動で有名なココシュカ。ロースは彼の大きな庇護者のひとりだった。
 結局人形は彼の望んでいたものとは程遠い、異形の化け物にしかなりえず、最後には無残に破壊され、彼のアルマをめぐる狂気の愛は、終わりを告げる。
 そのエピソードと彼の作品を追いつつ、氏が示唆するのは、ココシュカのエロティシズムの狂気とともに、少なくとも彼の要望を忠実に実現したモースの、「ユダヤ人」であり「女性」であった、当時ヴァイニンガーらによって二重に否定された存在が、ココシュカという男のセクシュアリティを養分として、女性のフェティシズムを体現させていた「欲望」ではなかったか、ということ。
 
 そしてロースをして「自分自身だ」と言わしめたヴィトゲンシュタインもまた、ある程度ロースに対して批判的な距離を持ちながら、ココシュカとは真逆の意味で大きな影響を受けた。
 エキセントリックな性格とユダヤ人という出自は、彼に深い分析的、批判的な思考を促し、反発しながらも最も近かった7歳年上の姉マルガレーテの家の設計に見られるのは、極端なまでの禁欲性と異様にこだわった窓や扉、あるいは放熱器といった彼の細部への偏執とその精度追求だったという。
 彼の手掛けた建築は、創造ではなく「新しい比喩=似姿」であり、追求された透明性と明晰さは、自身をすら再生される罪悪感で縛ってしまうような過度の倫理観によって、「住まい」であることを放棄し、ほとんど「モノ」化する。

 実用と芸術を統合させようとしたユーゲントシュティルの運動に対し、それらを厳密に分けようとしたロースの論理は、その差異をそのままに保持したゆえにこそ、その明確さを厳密にしたがゆえにこそ、先鋭化されたエロスをまとい、より強烈なエロスを内包する逆説によって表される。

 この抑圧されたエロスの暴走として挙げられるふたりの畸形の作品は、世紀末ヴィーンの重層的な「欲望」の両極を示し、あの街が今も持っている、一種独特の、そしてどことなく隠微で不思議な建築、文化、思想の魅力を鮮やかに開陳してくれるのだ。
 
 最後に、近代建築の持つ「透明性」に注目した時に、ロースやヴァイニンガーの抱えていた神経症的な論理とは対照的に、巨大なパラノイア的フェティッシュに取りつかれた建築家としてタウトを挙げ、ドイツ・ヴァイマール時代の装飾の運命に触れながら、「ファム・ファタル」に魅惑されつつ、そこに恐怖するヴィーンの閉じたフェティッシュと、大戦で大量死を経験し、集団的モニュメント、あるいは世界規模のユートピア幻想に憑かれたフェティッシュへと展開していく装飾のエロティシズムのダイナミズムが示されつつ、改めて芸術と法と性を偏執的にまでに追求した世紀末ヴィーンの論理的官能性が強調される。(「おわりに」

 各章のタイトルも、小見出しも、ああ、もうカッコ良すぎて言葉にならない…。

 結局魅力の一部も伝えられない(苦…)。
 興味のある方はぜひご一読を!(笑)



スポンサーサイト

テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

chat_noir

Author:chat_noir
FC2ブログへようこそ!

FC2カウンター
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
カレンダー
10 | 2011/11 | 12
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
タイム
検索フォーム


リンク
アクセスランキング
参加しています。よろしかったら投票お願いします。。




人気ブログランキングへ

ブログランキング・にほんブログ村へ
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。