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貨幣システムへのアイロニー -『悪貨』-

『悪貨』 島田 雅彦 (講談社)


 講談社百周年記念書き下ろし100冊の一作品として刊行された島田氏の新作。

 世界的な金融破綻情勢を背景に、偽札による現在の貨幣社会を壊して新たなユートピアを目指そうとした男を主人公にした、タイムリーな経済クライムサスペンスともいえる内容だ。

 ある日、公園に生活するホームレスは、コンビニのビニールに入った100万円を拾う。それを知った若者ふたりは、そのホームレスから現金をひったくりひと夜の豪遊にふけり、その売り上げから給料をもらったアルバイト・ホステスは、実家の窮地を救うためそのお金を持って静岡の父の元に帰る。
 しかしこうして廻ったお金は実は非常に精巧に作られた偽札だった…。

 現在の偽札検知機械すらも素通りするほど精度の高い偽札の出現に、警察は非常に危機感を持ち、捜査を開始する。そこから見えてきたのは、マネー・ローンダリングの拠点と思われる銀座の宝石商と、そこに関わる、中国に拠点を置く富豪の日本人投資家野々宮の存在だった。
 野々宮の過去ははっきりしない。ただし、地球環境保存、自足自給を訴え、独自の流通経路と貨幣ネットワークを持って、現在の資本体制からの脱却を図っているコミュニティ「彼岸コミューン」の援助で育ち、そのおかげで現在の地位を築いたことが分かる。

 無利子で融資をし、”アガペー”というオリジナルの通貨を発行、宗教法人の申請も行った「彼岸コミューン」は、その”信者”ともいうべきメンバーをどんどん増やしていく。そこに多額の寄付、融資を行っているのが野々宮であることが判明し、その通貨システムからも政府に対抗する存在として目をつけられていく。

 女性刑事の潜入捜査、彼女に語られる野々宮の虚実の経歴と芽生える恋、視覚に特別な能力を有し、警察の偽札鑑定に協力する”フクロウ”の過去と”ゴッド・ハンド”と呼ばれる天才的な原版制作者後藤との交流などが明らかになっていく中、一方では精巧な偽札が日本に流布し、日本経済は貨幣価値に対する不信感からますますハイパーインフレの様相を呈していき、このままでは国家の崩壊も避けられない…。

 国家をまたいだ捜査の必要性に迫られる中、野々宮の経歴とその背後にある大きな組織の存在が明らかになって…。
 タイムリミットの迫る中、勝つのは日本警察か、政府か、コミューンの理想か、そして野々宮か、その背後の大組織の思惑か…!

 短いセンテンスによって区切られたストーリーの進行、スピード感のある展開で、一気に読ませるエンターテインメントとなっていながら、内包する要素とその結末は皮肉だ。
 相変わらず氏の作品の持つ軽やかさは持ちながらも、パロディとして”笑う”要素はやや影を潜め、まじめさがより前面に出た作品となっている。 

 流通手段として作られた貨幣が、アメリカを中心とする資本主義経済社会の中で、その取得と増加に狂奔する人間を生み、やがては手段が目的となり、作られたモノに作った者たちが翻弄される現代社会の皮相、それを打開すべく、現在のシステムを壊すためにコミュニティを作り、すべてが対等で平等な新たな経済体制を目指した池尻と、彼に育ててもらった恩に報いるために、犯罪と認識しつつも偽金造幣により、システム崩壊を早期に実現しようとした野々宮。

 しかしその野々宮の焦りがひとつの大きな選択の過ちを犯した時、彼らの理想と野望は崩壊への途たどっていく。
 追い詰められた野々宮が、すべてを捨てて「ふるさと」日本に戻った時、祖国日本の選択は、変わらぬ世界に対する”ことなかれ外交”であり、国内に対する”メンツ保持”だった。
 そしてすべての元凶として手配される彼をがんじがらめにして行くのは皮肉にも”今の現金”であり、さらには彼の計画のために、冒頭に登場する人間たちがどんな末路をたどったのかが明らかにされる時、そこには痛烈な悲しみとアイロニーが提示される。

 現在あたり前に流通している”円”という「良貨」に対し、中国(この設定はある面ではリアリティを持ちつつも、ある面では世代の偏見も感じなくもないが)で作られる偽札という「悪貨」、その判断はしかし、その価値観や人がそこに持つ信頼によって、いつでもその位置づけは反転する可能性を持つ。
 その相対的な幻想の不確実性を提示しつつも、その幻想を守ろうとする現実社会の堅牢なシステムに破れていく人間の無力さが描かれる。

 そこには現在の日本のあり方に対する批判と、それでも”貨幣”に頼らざるを得ない現在の社会が持つ宿命、さらには犯罪の持つ矛盾と悲劇までもが、巧みなプロットの中に組み込まれている。
 なかなかに衝撃的な始まりと、そこに登場する人々のオチが最後に集約していくあたりはさすが、うまくまとまっている。

 そして何より感じたのは、やはり人間が本当の「自由」であることの難しさと孤独だ。
 『自由死刑』でも感じたことだが、人が常に享受していると思っている自由とは、実はその人間が所属する社会のシステムと環境の中で保証されているものだ。真の自由の獲得とは悲しいことに、テロにも通ずるような反”社会”的で、反”規範”的で、そして孤高である。そしてそれはシステムとして機能している社会ではなかなか存在することが困難なものだ、そんな氏のメッセージが伝わってくる。

 ちなみに、帯や宣伝に謳われる「闇の天才ビジネスマンVS.美人過ぎる刑事成功するのは、恋か、捜査か?」だが、はっきり言ってミス・リードだろう。
 ストーリーに挿入されている女刑事と野々宮との恋愛については、なんとも稚拙で浅薄、本筋の展開がスリリングなだけに余計に表面的な軽さが浮き上がる。
 このふたりの淡くて美しすぎる中途半端な恋愛模様よりは、偽金の氾濫による日本の混乱、インフレに喘ぐ情景や、あるいは野々宮の暗躍と背後に存在する巨大組織の描写の肉付けがあった方がよかったかな。

 まあそのあたりの希薄さと、こと恋愛になると、なぜかとたんに読んでいるこちらが赤面するほど”古風なメロドラマ”になってしまうところが島田氏らしい”軽さ”ではあるのだが(笑)。

 ”軽さ”といえば、栞代わりに挟まっている、島田雅彦作の”偽札”が、効いている。小説内に出てくる札番号、福沢諭吉の代りに半跏思惟像を、裏面には(おそらく)ホームレスの青テントを持ってくるあたり、彼のセンス全開で思わずニヤリとさせる趣向だ。


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ジャンル : 小説・文学

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島田雅彦 『悪貨』

ある日、ホームレスが大金を拾う。だが、その金は偽札だった! 捜査にあたった日笠警部が事件解決のために招喚したのが、偽札捜査のスペシャリスト・フクロウ。 一方、「美人すぎる刑事」エリカは、国際...

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こんばんわ^^

島田さんは初でしたが、この方の目の付け所はすごくいい線突いてるなと思いました。本書は至ってまじめに向き合ってた気がしますが、

>”笑う”要素はやや影を潜め

ということはいつもはユーモアがある感じなのでしょうか?「彼岸」という言葉もこの作家さんにはこだわりみたいなものがあるのかな^^なにはともあれ貨幣の危うさとそれに寄り添うしか手がない現状の怖さはしっかり表現できててよかったです^^女刑事はちょっと余計だと僕も思って、あれがストーリーの中でもなかなか軽さを助長しちゃってたような気がしますね(苦笑)

封入されてる偽札はものすごくチャーミングだと思います。理論的には使ってもいい0円札ですからね(笑)TBさせてくださいませ♪

Re: こんばんわ^^

チルネコさま

こんばんは!
TB、ありがとうございます~。

島田氏はその美貌(笑)も好きで、結構読んでいます。
基本的には、とてもまじめな視点と知的思考を作品にしますが(インテリさんだし;笑)、
なぜかそれが「パロディ」という軽やかさをまとうことが多いと感じています。
まあ“笑い”というよりは“皮肉めいた笑み”とでもいうか…。
全体的に、テーマは重いものを選ぶのですが、敢えて軽く造っているような。

ただ常に、「自由」というものをテーマにしているように思います。
それを阻害するものとしてのシステムに対する視線は厳しく、そのあたりはアナーキーな要素を抱えているな、と。

そしてなぜか恋愛の描写がぎこちない(笑)。ロマンティック過ぎるというか、奥手というか…。(この辺、わざとなのか、好みなのかよく分かりませんが)

そうそう偽札、まさに「チャーミング」ですよね。彼らしい。
この“おまけ”の茶目っ気に、ラブストーリー部分の物足りなさは許してしまいました;笑
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