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記憶と歴史の堆積の上に生きるもの ―『昼の家、夜の家』―

『昼の家、夜の家』 オルガ トカルチュク  小椋 彩 訳(白水社 エクス・リブリス)
 

 『煙の樹』で、重厚な読後感を得た「ExLibris」のシリーズから、ちょっと明るめのシーレと言えそうな、折重なった家の画の表紙に誘われて。

 チェコとポーランドの国境に位置する小さな町ノヴァ・ルダ。一年を通じてほとんど陽の当らない谷間、冬には大雪が、夏には川の氾濫が、家の地下室にまで流れ込む町。

 ここに移り住んだ「私」が語る、そこの住人たちの日常、夢の話、土地で採れるキノコを使ったレシピが、聖人の伝記、町の歴史、いくつかの夫婦のエピソードを散りばめながら、とりとめもなく綴られていく。
 隣に住む老女マルタについての叙述を中心にしながらも、唐突で断片的なそれらの“はぎあわせ”は、ゆるやかな繋がりを持ちながら、国境であることに翻弄されてきた土地の記憶と、人々の歴史を一枚のタペストリーにしていく。

 会話が成り立っているのかも定かではない、会話自体も漠とした記憶しか残らない、その寡黙さが時に放つひと言に印象を残すマルタの、静かで、それでいて強い存在感、自宅で首を吊っていたアルコール依存症マレクの生涯、突然左耳に聞こえ出した男のささやきの主を探しに行くクリシャ、大戦中に小隊で仲間を食べて飢えをしのいだ記憶に苦しむエルゴ・スム、幽霊が見える何某氏、キノコで命を失った妻子の想い出を抱えるフランツ、千里眼の力で世界の終わりを見るレフ、大きな屋敷に住んでいたゲーツェン家の顛末、町のラジオが流す小説の朗読(『アンナ・カレーニナ』とか)、森で見つけたドイツ製の車、ベニテングダケのタルト(!)、ネットに投稿される夢の話、宇宙のこと、月蝕の夜、キノコと人間について、マルタの持つ錫の皿、ドイツ人が置いていったたくさんの宝(食器やら家具やら)―――。

 それは、現実とも「私」の幻想、想像ともつかない、不思議な記述。
 彼女と同居する「R」だけが現実に引き戻すが、イニシャルでしか語られないその存在も影のようで、谷間に雪の反射で、あるいは山の照りかえしで感じられる光の中に朧なままだ。

 この中で、(おそらくは)この土地に伝わる聖女の伝説とそれを伝えた哀しい僧侶のエピソードと、故郷の懐かしい風景を見るために山に登った老人が国境地点で呼吸困難により死亡、その死体を両国の国境警備隊が互いに境界線の向こうへ押しやり、永遠にそのやり取りが繰り返される喜劇のような悲劇、そして愛しあって幸せな結婚をしたダブルインカムの中流階級の夫婦が、その妻の病気をきっかけに壊れていくさまを、不思議な人間の登場によせて描いていく物語が、とても印象的に挿入される。
 これらはそれだけで独立してみごとな篇としても成立している。

 その記憶の、あるいは幻想の断片は、あるときはチェコに、あるときはポーランドに、そしてオーストリア=ハンガリーに、さらには大戦時ドイツに併合されるその位置が持つ運命と歴史とを通過してきた、辺境の町の断片的な変転をそのままに浮かび上がらせる。

 間に冗談のように入れられるキノコのレシピ、それは、死んだ樹木、落ち葉、死体の上にその生命を発生させ、繁殖させる、何よりも逞しい生命を摂取することにもつながるか。(解説にもあるように、実食はおすすめできないものの;笑)

 深い谷間に、静かに存在する町。
 国家間の思惑に振り回された激動を抱えているはずながら、その町自体は静かに、そして人間たちも寡黙に、生も死も穏やかに(無感動に?)受けとめながら、時を止めたかのように日々が、季節がめぐっていく。

 厳しくも豊かに描かれる自然の風景、幻のように語られる住人たちの過去と現在、「私」の夢や宇宙、運命についての思索、皮肉と喜劇、悲劇と哀しみ、そして小さな救いを湛える物語、それらが一体となって、「変わらない町」の、歴史が語りだす幻視に包まれる。

 なんとも不思議な読後感。
 絶望と哀しみを湛えながらも、どこかおかしさと温かさをもって、“生”を伝える物語。
 まさに腐土として積み重なった上に生える“キノコ”のように、歴史の堆積の上に人々は生き、町はそこにあり続ける。

 「昼の家」/「夜の家」、それは現実と夢。そこに現われる様相は違いながらも、生きる人間の持つ両面であり、どちらも"存在"である。時間が流れ、歴史が変転しようとも、私たちはそこに在るのだ。自身のだけではなく、人々の、町の、土地の、宇宙の、たくさんの、たくさんの記憶を抱えながら。


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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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こんばんわ

エクスリブリスは面白そうなタイトルがあれば僕も読んじゃいます。『通話』とかも好きでしたが、『イエメンで鮭釣りを』が好みでした^^『昼の家、夜の家』での歴史に翻弄されてきたような街や人をどう描いているのか、興味が湧いてきました。

Re: こんばんわ

こんばんは!

エクスリブリス、いいですよね~。
『通話』『イエメンで鮭釣りを』、私も読みたいと思っているものです!
『悲しみを聴く石』『青い野を歩く』あたりから、あまりはずれがないな、と
気にとめています。(『兵士はどうやってグラモフォンを修理するか』も気になっています;笑)

お気に入りはなんといっても『煙の樹』、そして『悲しみを聴く石』がいまのところ。
そしてこの『昼の家、夜の家』も、どこか幻想的なのに、
生々しい歴史の姿を紡いでいく、そのバランス、というか語りの手法がとてもよいです。
重たい記憶の堆積なのにどこか軽やかで、
まさに腐土に生成するなんとも形はユーモラスな「キノコ」のよう。

「蔵書票」の名を持つところといい、ちょっとコレクションしたいシリーズですよね。
ぜひぜひ、感想を楽しみにしております!

いつも嬉しいコメントをありがとうございます!
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