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リアルとヴァーチャルを越境する「存在」の知覚 ―『恐怖の兜』―

『恐怖の兜 (新・世界の神話)』 ヴィクトル ペレーヴィン  中村 唯史 訳(角川書店)
 
 
 ロシアの人気現代作家による、「新・世界の神話」シリーズの一作、に“神話”好きが刺激された。(島田雅彦氏の帯コメントにも、彼ゆえに持ってしまう微妙な懐疑(!)と興味がわいたのもある;笑)

 最初から最後まで、8人のチャットの会話(?やりとり?)で完結する、いかにも現代風な作品。
 しかし8名のニックネームはすべてギリシヤ神話あるいは戯曲などの登場人物の名である。

 “アリアドネ”のスレッドから始まる呼びかけに応えた彼らは、突然にチャットをはじめる。
 どうやらいずれもが、目覚めれば各々僧房のような部屋でキトンをまとい、チャットでの対話しかできない状態に置かれているらしい。そのやり取りの中で個性を感じさせながら、彼らが置かれた環境が少しずつ解明されていく。
 ここはミノタウロスを閉じ込めたような迷路に散在する部屋のようだ。
 そして彼らをそこに閉じ込めたのはまさに奇妙な湾曲した角を持つ「恐怖の兜」を被った巨人、ミノタウロスだと知れる。

 神話上でミノタウロスを倒した英雄テセウスの救助を待ちつつ、定期的に現われる食糧を摂取しながら、ひたすらにチャットを続けるしかない8人。
 やがてその中でも奇妙な恋愛が生まれ、敵対する関係が生まれ、協力する繋がりが生まれ、考える者、行動する者、信仰へと逃避する者、韜晦する者に分かれながら、迎えた結末は…。

 「ロシア文学界の異端児」といわれるだけあり、何とも奇妙な物語だ。
 チャットという手法に徹底した中で造形されるキャラクターたちの個性は非常に豊かで、とてもバリエーションに富んでいる。
 迷宮の案内役として悲劇的な最期を迎える“アリアドネ”を名乗る者を、まさに彼らのナビゲーターとしつつも、あくまでも彼女の夢として提示されるヒントの数々は、だんだんと(チャット内での)現実とリンクしていき、その不自然で非現実的な彼らの置かれた状況と共に夢と現実が混然としていく。

 読者へのガイドとして、冷静にかつ老練な思考で対応する“モンストラダムス”、彼に匹敵する読みの深さで対応していく“ナッツ・クラッカー(くるみ割り)″、状況を醒めた目でみながらもあえて茶々を入れて会話を引っ掻き廻す“オルガニスム(^○^)”、彼らの会話に敢えて背を向け、状況からの逃避に終始しようとする“ロミオとコイーバ”と“イゾルデ”のふたり、すぐに信仰の強さへと結び付けようとする“ウグリ666”、酔っ払いの“サルトリスト”が繰り広げるチャットの世界は、ちらちらと管理者(あるいは作者)という超越した存在を感じさせながら、滑らかに、スピーディに進められていく。

 突然に放り込まれた謎の環境、そこで協調と対立を孕んで、8人の男女が繰り広げる会話、迷宮神話にこと寄せた背景設定の奥深さ、そこから読みとれる「恐怖の兜」の巨人とその周りに侍る小人の存在、血と暴力、そして死の予兆など、ミステリアスでサスペンスあふれる展開を期待させ、チャットの会話のリズムに合わせてページは進む。

 しかしその先に現われた結末には、「えっ???」と。
 読み損ねたのか、と戻ってみたが、どうにも捉え難い…。途中からなんとなく読めていた展開以上のものがなかったのだ。
 ただその“罠”(帯にいわく)とやらが、自分の理解でよいのか、やっぱり取りあぐねているのか、そこが判然としない…。理解のままであれば、正直なところ予想通りであまり新鮮味はなく、やや肩すかしな感じが…。
 概念としては確かに面白いが、ネッ上のヴァーチャル世界と現実とのクロスで描いた展開としては充分に想定範囲内で、衝撃には足りない。

 いっぽう彼らの会話の中に散在する多くの伏字についても、その意味深さや現代ロシアへの皮肉を含んでいるのだろうな、という感覚をもたらすものの、残念ながら私にはよく分からないし、ミノタウロスの迷宮神話に作家が託した隠喩を充分に消化していない気もしている。そのためプッツリと切断したような終わりに、モヤモヤした消化不良が残った。

 あまりに呆然とした顛末だったので、何を書けるか…とおずおずと始めた割には、思いのほか饒舌になったような。
 著者のいたずら心とその奇想天外な発想、そしてそこに込めた皮肉や諧謔をあまりしっかりと汲みとれていないのだろうと自覚を持ちながらも、思ったよりは把握できているのか?とちょっと強気に(笑)。

 まあヴァーチャルとリアルのはざまを無化し、そこに「存在」という認識論を展開する、この軽やかさと、その現象そのものが提示する“吐き気”につながるオチは、見方によっては確かに「現代の神話」として結実していると言えるか。

 それは人に聞いただけだけれど(汗)「エヴァンゲリオン」の先の劇場版ラストを彷彿とさせる。
 社会現象とまで言われたかのTVアニメはなんとか頑張って見たのだが、そもそも世代が異なるのか、感性がついていけなかったのか、あのモラトリアムだらけの人間たちに苛立ちしか感じず、しかもさんざんに散りばめた思わせぶりな要素(“使徒”とか“ロンギヌスの槍”とか)も散らかしっぱなしで、揚句“絵コンテ”による主人公の祝福で終わらせた形がどうしても作品として許せず、劇場版は現在作りなおされているものも含めて観ていない。(アニメで完結できないなら作るなー!!と;笑)

 その意味では、日本のコミックやアニメの概念の方が先行している気がする。とするならば、その世界観に共感を持てる人々には、そしてチャットはもとより、現代のネットでの対話に慣れた人々には、もっと楽しめる「神話」かもしれない。


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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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