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愛おしい“ペンペン草”が繋ぎとめる絆 ―『なずな』―

『なずな』 堀江 敏幸 (集英社)
 

 春の七草のひとつ、別名ペンペン草のシンプルでやさしいタイトル、大好きな堀江氏の、久しぶりしかもかなりの長編小説が刊行された。植物を思わせるやわらかい装丁も自身でなされたもの。
 もう持っているだけで嬉しくなってしまう。また悪い癖が出て、積読に埋もれてしまう前に(笑)。

 これまでの作品やエッセイの印象からはちょっと違和感のある「育児」がテーマ。

 海外で交通事故に遭い、現地で入院を余儀なくされた弟、出産後ウィルス性感染症に罹り、これまた入院、育児どころか我が子にも逢えない義妹の代わりに、2か月の新生児“なずな”を預かることになった「私」。
 自身は結婚すらしておらず、首もすわっていない、もの言えぬ生命を突然に育てなければならなくなった中年男性のとまどいと苦労、そしてそれ以上の感動と喜びが、さりげない地方都市での日々と地元の人々との交流の中に描かれていく。

 都会の喧騒とスピードに疲れた「私」は、郷里に近い地方都市の小さな郷土新聞の記者として働くことを選んだ。折しも年老いた両親も母親に認知症の症状が出てきており、その母の面倒を見ている父親の存在も気になる歳となっていた。
 高速道路の開発により中途半端な発展と衰亡を併せ持ったこの地方都市で、忘れられたように静かに地元に暮らす人々の過去と現在を見つめながら、“なずな”の世話を通じて彼らとの交流を深め、都会の無関心に慣れていた「私」が、町の自然の移り変わりを見つめ、人々との関係に馴染んでいく姿が、小さなエピソードの重なりの中でゆっくりと、しっかりと、刻まれる。

 町の発展に関わる政治的な動き、そこにからむ地元有力者の思惑、そして週末ごとに他の地域から集まってくる大型ショッピングセンターの隆盛と地元商店の衰微、決してのどかだけではない地方の暗い部分にも視線を注ぎながら、温かくもさりげない優しさで接してくれる、さまざまな人生経験を経てそこに場末のバーを開いている女性、地域の小児医療を淡々とこなしてきた老医師、その出戻りの娘といった人々に囲まれて、やはりさりげない日々を送り、季節の食べ物を食し、自然の移り変わりを感じながら、この乳児を抱えた不器用な独身男の育児日誌が綴られていく。

 「私」のおっかなびっくりの毎日は、同じことの繰り返し。3時間ごとにミルクを与え、一緒に入った空気を吐き出させ、そして排せつしたものを片付ける。
 “なずな”は最初から最後までとても客観的に描写され、彼女の感情を忖度する要素は描かれず、人格を付与されてはいない。
 ミルクを飲めばその分重くなり、直後に排泄すれば、その分軽くなる。表情もまだ生まれておらず、空腹を伝える涙の出ない泣き声と、寝て、食べ、排泄して、という生命の根源的な営みの積み重ねの中で、やがて「私」が見出す彼女の笑顔、涙を流すこと、そして「あ」とか「おー」といった喃語に含まれる自我の目覚めが示されるだけだ。
 しかし、だからこそこの「私」の視線で語られる、まるで観察日記のような彼女の姿が、とにかく愛おしく、物語の中心に存在を大きくしていく。

        「私は守っているのではなく、守られているのだ、
        この子に。なずなに。」


 雑草の名をつけられた赤ん坊は、そのたくましさと、ずっしりとした存在感、同時に無垢な軽やかさで、浮草のようだった「私」の人生を土地に、人に繋ぎとめていく。
 その在り方は、著者自らが育児をそのまま経験したかのような臨場感にあふれ、とても自然で即物的であるのに、どこか宇宙観をもって、彼らを包んでいく大きなものになっていく、その記述の空気感がみごとだ。
 記者として書くコラムに使われるまど・みちおや吉野弘の詩の世界がさらにそのイメージを補強する。
 
 「私」のとまどいの日々は、周りの人間との距離感に対する困惑と合わせ、やがてかけがえのない“なずな”への、そして住んでいる町や人々に対する愛を深め、母親の回復による“なずな”との別れの時を数えながら、新たな“命”の可能性をも予感させて物語は閉じられる。
 それは決して押し付けがましくもなく、教訓的でもなく、安易な都会否定や地方礼賛でもない、自然で浸み込んでくるような温かさに満ちている。

 若者が減り高齢化しているこの地方に(社会に)、ひょっこり現われた“なずな”が与える、静かな、しかし確固たる生命力が、瑞々しい一陣の風を呼び込んだ。 

 読み終えて、最初に感じていた違和感はなくなっていた。
 その視線は相変わらず、小さくてさりげない“もの”や“こと”を捉え、切なく優しい記述で著わしている。
 それは、パリの風景をスケッチしたエッセイとも、海外に暮らす男の日常を綴った小説とも、変わらぬ目線と感覚だ。
 “生きる”ことが持つ永遠の哀しみと愛おしさ、そしてその小さな存在の重さを、柔らかい言葉で捉え、私たちに見せてくれる。

 ああ。やっぱり大好きな作家。


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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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