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ナイフのきらめきの下、死とエロスの黒花に酔う ―『刃の下』―

『刃の下』 アンドレ・ピエール・ド マンディアルグ  露崎 俊和 訳(白水社)
 

 “黒いエロティシズム”の作家、積読を整理していて発見…そうだった。ずいぶん前に購入したまま。その前に、と探した『黒い美術館』と『燠火』が書棚に見つけられず(どこかにしまい込んだ…)、とりあえず(『余白の街』も未読だ…汗)。

 イメージでは、著者はいつも暗い書斎のソファに座りその姿はシルエットだけ。ひどく寡黙で、独りでいるか、気の置けないひとり~ふたりくらいの友人がいればそれでよい。棚に並ぶコレクションは、猟奇的ともいえるラインナップが偏執的に整然と整理されている。本人と対峙しても、もの静かで圧迫感はないが、その瞳の鋭さと射すくめるような強い視線がこわい…。

 まさに“黒い”世界を描く作家。「鬼才」という肩書きがこれほどに合う作家もそうはいない。
 この短編集も、人間の生と性にまつわる、昏い感情や心理を抉りだした作品で構成されている。
 折しもシュールレアリスム全盛のフランスという環境で、その才能が咲かせる大輪の夜の花たちのエロスとタナトスは、いま読んでも独特の黒い毒素を吐き続けて、私たちを妖しく魅了する。

 愛しい妻との旅行中に突然彼女への殺意に憑かれ、イタリアの街を彷徨する男が見る、白日夢ともいえそうな倒錯的なエロスの世界。妻への愛情は消えていないのに、それにも勝って増加する殺意と、その欲望が、ファシズムが強まっていくイタリアの街の不穏な空気と混ざり合った時、男がとった行動は――。三島由紀夫に捧げられた「1933年」
 
 自宅の書斎で独りペーパーナイフを見つめる男。その歪んだ自分の顔を眺めながら回想するのは、ついいましがた行ってきたある行動。それは何の意図もなく、感情もなく、ふと造られたその状況が生み出した“瞬間の誘惑”。その行動の結果が招く騒ぎも冷静に分析しつつ彼が陥っていく思考の遡行は、男を永遠の円環へと閉じ込めていく――。ジャン・フィロ(著者の友人か?)に捧げられた「肌とナイフ」

 カタロニアとフランスの国境を税関吏と称して“警備”している似非兵士と思われる男。その山中に整った顔の女が通りかかったとき、男はその女に欲望を持つ。妙に落ち着いて堂々としているその女の忠告も無視して、自分の小屋に彼女を連れ込んだ彼が女を抱こうとした時、男に訪れる運命。彼女は「何」だったのか――。ホアン・ミロに捧げれた「ミランダ」

 うだるような暑さの中、スピードを上げても涼しさも与えてくれない車で、ラジエータの上昇を気にしながら、男が女を連れていこうとしているのは、女により支配され男が隷属していた、いまでは封鎖された小さなふたつの町を過ぎ、螺旋のようなトンネルを抜けたところのコプラ。そこは黒人の男が支配し女が隷属する町で、白人のカップルが入ると必ず行われる儀式があるという。そこへ恋人を連れていこうとする男の意図は――。ジョルジュ・ランブリック(フランス文芸雑誌の編集者?らしい)に捧げられた「螺旋」

 陸に上がった船乗りが、その町の酒亭<四百匹の兎(カトル・サン・ラパン)>に入る。赤毛に不思議な緑の瞳をした小男の隣に座った彼は、これまでに飲んだことのないような甘美なる酩丁をもたらす強い酒を味わう。飲むほどに隣の男の瞳が気になりつつも、次々とグラスを干していく男。赤毛の男が去った後、ふと酔いの醒めた男が頼んだ勘定が明らかにする結末とそこから生まれる殺意の行方は――。リューバ(こちらも友人か?)に捧げられた「催眠術師」

 官能的な夢を連夜見て、はっきりとしたその感触を忘れらない女が、夜明け前にその夢の続きを体験すべく行動に出る。それはまばらな人しかいない静寂の地下鉄で、ベンチに寝ぞベり、やってきた黒いマントの男の手に愛撫される夢だった。果たして明け方の地下鉄に向かった彼女を待ち受けていた運命は――ホメロ・アリジス(メキシコの作家?らしい)に捧げられた「夢と地下鉄」

 それぞれに献辞者を指定した6篇。
 いずれもがタイトル『刃の下』に象徴的に示されるように、意識するしないを超えて、次の一瞬には死に転ずる恐怖と危険、そしてそれゆえに魅せられる刃のきらめきのような黒い欲望の誘惑を、異様な設定と展開の中で、さまざまに描いていく。その文章は、著作が数々の映像作品になった彼らしく、イマジネーションを豊かに喚起し、かつ美しくすらあり、背徳の美に耽溺できる時間を与えてくれる。

 長さとともにもっとも印象的なのは、やはり「1933年」。突然の殺意、ファシズムに染められていく美しいイタリアの町がリンクして、ファシストたちの黒シャツのごとく、黒い靄に包まれていく。そこに織り交ぜられるエロスがますます異様に、妖しく男を狂わせていく造りがみごと。

 「肌とナイフ」では、男のとった行動がなぜかすんなりと理解できてしまう、その一瞬の闇の描き方が秀逸。思考する男が玩ぶペーパーナイフの危うさと痛々しさが彼の精神状態の不安定さを強調する。終わりに結論付けられる男の論理がまた効いている。

 「ミランダ」は、あからさまな欲望がより剥き出しの形で記述されながら、その断ち落としたようなエンディングが、独り山の国境に居続ける男の末路を、その孤独にか、周りを押し包む自然にか、追い詰められた狂気ともとれそうな残酷さを以って死に結び付けているのがよい。

 作品中、いちばん映像的で、登場する男女の会話がまさにフランス映画のようなのが「螺旋」。暑さとともに、互いに情熱が冷めつつかにも思われる男と女の漂わせる倦怠感は、当時まさに新しい乗り物だった車のスピード感すら効果を失わしめ、そこで語られる男が目指している町の話にただよう淫靡さが絡みあって、トンネルの暗がりに入っていくめまいに似た感覚をもたらす。トンネルの構造、男が目指している目的、そして作品自体がまとう空気がぴったりとタイトルに集約される。車からの視点で描かれる風景の描写も精巧に計算され、男の口から語られる、古代文明の遺跡を再現するかのように壮麗で大仰な町の様子と好対象をなす。

 ややコミカルな雰囲気が強い「催眠術師」。語りはハードボイルドに乾いた感じを持ちながら、そのオチの造り方はスマートだ。さらにはそこから男に生まれる憎悪の感情で“閉じられない”終わり方を持ってきたのが、黒の作家マンディアルグだ。

 「夢と地下鉄」は、なんとなくハリウッドで映画化されそうな、これまた映像的な一作。なんとなく地下鉄というと、メトロよりもサブウェイの方が印象が強いせいか(笑)。こちらは展開が読める作りではあるが、ラストの情景が非常に美しく、それこそ(結末)が彼女が望んでいたことではなかったかと思わせるような恍惚を残しているのがすばらしい。

 殺めること/殺されること、犯すこと/犯されること、傷つけること/傷つけられること、こうしたどこか完璧に否定しきれない人間の昏い欲望を、完成された情景描写の中で浮き彫りにしていく。
 
 自らがその“刃”の下にいるかのように、ドキドキしながら“黒い魅惑”に身を委ねてしまう6篇。
 ちなみに今は品切れ(絶版?)のよう。uブックスで復刊するとよいが。


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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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