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犯罪の動かない事実とその根底にあるもの ―『犯罪』―

『犯罪』 フェルディナント・フォン・シーラッハ  酒寄 進一 訳(東京創元社)


 
 端的なタイトルとタダジュン氏の“ドイツっぽい”装画に惹かれた。
 現役弁護士が実際の事件に想を得て書きあげた処女作が本国ドイツで数々の文学賞を受賞、映画化も決定したという話題の作品の翻訳。
 訳者に見覚えがあるな、と思ったら、ヤング・アダルト向けの『ベルリン』三部作および『新訳メトロポリス』(まもなく読む予定;笑)の翻訳を手掛けた人だった。

 その性質も、内容も、犯人も異なる11の犯罪が、罪人たる犯人側の弁護士の視点から語られていく。
 いずれも世間から見れば異常であったり、陰惨であったり、時にはナンセンスであったりするそれらの事件は、いずれもがクールな弁護士の視点で、司法との駆引や取引といったやり取りの中に著されるのに、どこか「しん」とした哀しい結晶を読者にもたらす。

 あくまでも犯人の弁護士という立場で語られながら、悪を擁護するのでもなく、犯罪を端的に悪と決め付けるでもなく、犯してしまった犯罪そのものの罪は厳然としてそこに在りながら、善悪の規定を超えたところで、人間の哀しさや愛おしさ、あるいは愚かさやおかしみを強く印象付ける。
 いや、その犯罪側の弁護士としてのプロフェッショナルに徹したスタンスだからこそ描写できた世界と言えるのかもしれない。

 「一生愛すること」を誓い、70歳を超えるまでともに暮らしてきた愛妻を惨殺した、人格者と言われていた医者のフェーナー。彼の中になにが起こったのか?その生涯をたどって描かれる彼の愛憎の分水嶺が、痛ましく哀しい「フェーナー氏」。

 ベルリンの若者たちが起こした窃盗事件。日本人の豪邸から盗んだ茶盌をきっかけに、街のギャングとその手下の探偵が拷問の末殺されたとき、三人の若者は身の危険を自覚する。弁護士を通して謝罪を申し込んだ結末は――静かに見えない力が行使される恐怖と茶盌の持つ意味の深さが印象的な「タナタ氏の茶盌」。

 成金の父に反発しながらもその財力で自由気ままな生活を送っていた美しい姉弟。チェロの才能をもつ姉は将来を期待されるほどの腕を開花させることもなく、ある事故がきっかけで記憶障害を持つようになった弟を殺害する。姉弟が過ごした愚かで悲しい生涯は、やがて父の元に帰ってくることに――。親の愛情を知らず、子どもへの愛情のかけ方の分からなかった親子の悲劇が痛い「チェロ」。

 レバノン人の犯罪者一家の息子カリム。犯罪歴のある兄の窃盗事件の公判で証言することになる彼は、末っ子で頭が弱いと周りに思われていたが、実は一家で最も聡明な人間だった。周囲の先入観を利用し、兄を救うために法廷を騙そうと知略を駆使する彼の頭の中にあったのは“狐とハリネズミ”の物語だった――。他民族を人間として認識しようとしない、ドイツに根強い偏見と差別の存在を皮肉ったような「ハリネズミ」。

 戦争の理不尽に翻弄され、兄を失い、自身も深い傷を負ってドイツへ流れてきたイリーナ。彼女が生きていくには売春しか道がなかった。そんなときに出逢ったカレもまた同じような境遇を生きてきた流民であり、やがてふたりは愛しあい共に暮らすようになる。しかし自宅で相手をしていた客が死んだとき、イリーナとカレがそれぞれにとった行動は――。互いを強く思うがゆえに単なる事故死が猟奇性を帯びてしまう「幸運」。

 シティホテルの一室で全裸で顔に電気スタンドが突き刺さった悲惨女性の死体が発見される。この女性シュテファニーを買春していた著名な実業家ボーハイムが逮捕される。シュテファニーの売春には、愛するアッバスの借金を返済するための資金稼ぎが背景にあったことから、殺害の動機を持つ人間としてアッバスの存在を無視できないと考えた「私」(作者)は、意外な盲点からボーハイムの無実を明らかにしていく――。ギャンブルに身を持ち崩していく男とそんな男を愛してしまった女、そして財力にものを言わせ束の間の疑似恋愛を楽しむ富裕層が、等間隔の距離感で描かれながら犯罪の不可能性を証明していく、法廷サスペンスのようなテイストを持った「サマータイム」。

 ネオナチのならず者二人に地下鉄で絡まれた中年男は、驚くほど鮮やかな動きでこの二人の攻撃をかわし、それどころか彼らをあっさりと殺害してしまう。逮捕された男はとにかく黙秘を通し、とあるルートを通じてこの男の弁護を依頼された「私」は、あくまでも仕事としてその“正当防衛”を主張していくのだが――。二人のネオナチを殺害する男の流麗ともいえる手口の描写、そして闇の存在であることを感じさせていく不気味な雰囲気が、アンダーグラウンド小説を思わせる恐さをまとう「正当防衛」。

 ノルトエック伯爵の統治する地方で、羊が次々と殺される事件が発生する。なぜかすべての羊が眼球をくり抜かれていた。犯人としてこの伯爵の御曹司フィリップが逮捕される。時を同じくして彼が羊の眼球とともに目をくり抜いた写真を隠し持っていた女性ザビーネの行方が分からなくなっていた。ザビーネの失踪にもフィリップが関係しているのか?羊の目を恐れ、それから逃れようとしていたフィリップの心の病みが淡々と描かれることでなお一層の悲哀と恐怖をもたらす「緑」。

 美術館の監視員の仕事を得たフェルトマイヤーは、担当した部屋にある≪刺を抜く少年≫の見つけられない“刺”に取り憑かれ、やがてそれが強迫観念となって精神の均衡を失っていく。定年を迎えるその日、あふれ出た彼の想念がしでかしたことは――。まじめで一途な人間が、ふとした疑念をきっかけに、だんだんと追い詰められていく過程をみごとに著した「刺」。

 愛しあっていた女性の背中をナイフで刺したパトリック。相手の女性を心から愛していた彼がなぜそんな行動をとったのか?その理由が明らかになったとき、弁護を引き受けていた「私」は彼に精神鑑定を進めるが、結局約束の日に彼は来なかった…。弁護を下りた「私」が数年後に聞いた話とは――。愛が、ある人々には究極の形をとることがままある。その異常性は戦慄をもたらすが、どこか人間の根源に在る欲望のひとつの形態であり、有史以来禁忌とされながらも繰り返されてきた犯罪を語る「愛情」。

 捨て児として不幸な人生を歩んできたミハルカ。体は大きく醜い相貌で、周りからも避けられてきた彼だが、心根はまじめで人には優しかった。この街では自分はダメになる…新たな人生を決意した彼は、銀行強盗のすえ、エチオピアに向かう。そこである寒村に居を構え、事業を興しその村を豊かにして妻子にも恵まれたが、本国での強盗の記録により、ドイツへ送還、逮捕される。愛する村へ帰りたい…その思いから釈放後ふたたび強盗を働き、再度裁判にかけられる――。強盗に入った銀行員にすら同情されるほどに心優しいミハルカだけは救われてほしい…そんな思いに駆られる「エチオピアの男」。

 11篇を通して見えてくるのは、ドイツにおける貧富差や差別の厳しさが生む犯罪の悲劇性と、人間が持つ感情や精神の闇の部分、言葉にすれば狂気や強迫観念、あるいは現代社会に巣くう“病み”だ。
 その現象は異常で残酷で血なまぐさいものが多く、あるいは痛々しい現実として映るが、いずれも、犯罪者に特有のものではなく、人が生きていくのに、そして愛おしいものを守るために、誰しもに起こりうる、犯しうる「犯罪」というものが持つ根源を覗かせる。もちろん大方の人がその選択をするわけではないけれど…。
 だからこそ、時にゾクリとする恐怖やサスペンスを残しながらも、つめたい哀しさが漂う。

 端的な文章は、人称が途中から一人称(「私」)に入れ替わる造りも自然に流れ、ことに犯罪者たちの視点で語られる部分は“物語”としての豊かさを行間に秘めて、それぞれの短編が過不足ない形で収まっている。
 近年の短編としては秀逸の一冊。

 特に、ふとしたきっかけで、それまで抑圧してきた(本人も明確には形にしていない)殺意が溢れ出る「フェーナー氏」が、その物語性と静かに、刻々と埋められていく感情の空虚と横溢のバランスがみごとにまとめられていて際立っている。
 また、音を感じさせない殺人のハイスピードカメラの情景のような描写と犯人の背負う闇の深さが恐怖をさそう「正当防衛」、そこに見出せなかった“刺”を求めて狂気に犯されていく過程がこちらの心理まで追い詰めていく緊迫感を持った「刺」、そして解決しなかった事件として、動機はとても純粋ながら後日談までが陰惨な「愛情」が印象に強い。

 著者はすでに昨年本国では2作目を発表しているらしい。
 その名もまたシンプルに『Schuld』(罪)。翻訳が待ち遠しい。



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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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