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開かれたのは、らしくて新しい皆川ワールド ―『開かせていただき光栄です』―

『開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―』 皆川 博子 (早川書房(ハヤカワミステリーワルド))


 大ファンの皆川博子氏。
 久方ぶりの長編は、ミステリ。しかも設定は18世紀イギリスはロンドン。
 
 作家生活40年というキャリアでなお新しい世界を展開する氏の、衰えるどころかますます広がる創作のエネルギーを感じ、嬉しくなって、読みかけもそっちのけで(笑)。

 装丁も、(最近のミステリに増えてきた)コミックの表紙と見まごうような、繊細で耽美なグロテスクさを持つ美少年の解体図が佳嶋氏のイラストで飾られ、皆川氏の名前を見落とすところだった(汗)一方で、『少女外道』に顕著なように、少年少女を描かせたらこれまた一級の氏の作風をも印象付けて、ますますワクワクする。
 帯の「開かれたのは、躰、本、謎。」のキャッチもよい。

 18世紀ロンドン。
 近代化が進められるも、街や人にはまだまだ中世の規範と価値観が残り、そして汚穢と犯罪にまみれ、規制のない工業化によって煤煙に黒く煤けた大都市。
 ここで外科医として医学の発展のために解剖教室を営むダニエル。彼には容姿端麗エドワード、天才細密画家ナイジェル、饒舌(チャターボックス)クラレンス、肥満体(ファッティ)ベンジャミン、骨皮(スキニー)アルバートの5名の有能な若者が、弟子として助手を勤めている。
 死体を解体し人体の構造を調べていくこの最先端の医科学は、この時代、まだ神をも畏れぬ悪魔的で忌むべき所業という偏見にさらされている。そんな中では通常の献体があるはずもなく、弟子たちは研究に没頭すると他のことに気が回らなくなるこの熱心な師を敬愛し、彼と自分たちの目指す医療の、検死の発展のために、犯罪と自覚しながら墓暴きに金を払って違法に死体を入手していた。

 その研究室に一時に現われる3体の屍体。未婚の妊婦、手足を切断された若者、顔をつぶされた男…。

 都市化して犯罪の増加するロンドンの治安を守るため、賄賂や買収が横行する犯罪摘発とその裁判をより公正で清廉なものにすべく、自警団ではなくて国家機関としての警察機構を整えようとしている盲目の判事が介入し、ダニエルと弟子たちは協力を要請されて、それらの屍体の死因と正体の解明に関わっていく。
 彼らの検死と、弟子の中でももっとも優秀なエドワードの推理に導かれて、見えてくるのは、田舎から自分の詩作を刊行することを夢見てやってきた少年ネイサンが、自作と共にもたらした15世紀の稀覯本をめぐる大人たちの欲得と、ネイサンの悲劇――。

 近代に向かう過渡期の混沌としたロンドンの光と闇を舞台に、相変わらず少年たちの瑞々しく同時に妖しい魅力が、嘘と真をクルクルと翻し、スピーディーな展開とたたみかけるようなどんでん返しで物語を引っ張っていく。

 旧時代の貴族と新興ブルジョア層、そして労働者や貧民の階級格差、信仰の揺らぎから変貌する教会の娼窟化、新たな文化としてのカフェ、夜の歓楽の多様化、当時の書店の様子や印刷、製本の事情と書籍のできる工程から、犯罪の増加とその抑止のための国家警察機関の誕生、近代産業の発展とそこへの投機という新しいビジネスの形、さらには買収と賄賂の横行する裁判、犯罪者の収容施設の実体、植民地政策の蛮行黒人奴隷の売買とその人権を訴える弁護士らの闘い、貴族階級の支配を覆そうとする反政府活動の隆盛まで、18世紀ロンドンの空気を濃厚に漂わせ、その中に殺人、死体損壊、詐欺、陰謀、密室、監禁、倒錯、嘘、といったミステリ要素が散りばめられた、そのリアルと虚構とのバランスと構成は、著者の得意とするところでありながら相変わらず鮮やか。

 解剖シーンの描写も詳細でそのエグさに容赦はなく、不要な脂肪は犬に食わせるなどのグロテスクな情景の一方、医学のこと以外にはまったく頓着せず、うっかりした発言で周囲をヒヤヒヤさせるジャガイモのような三枚目医師ダニエルと、その彼をこよなく愛し、支える忠実な弟子たちの少年らしい言動は、コミカルさと軽やかさを付与し、作品は絶妙な陰鬱さと明るさを持っている。
 そしてその彼らの純粋さと知性が、それゆえに共存させ得る正と悪のふたつの貌として揺らめいた時、殺人事件の顛末は、底辺に流れる哀しさを浮かび上がらせていく。
 
     「ZはZanies(道化役者)、これにて退場」

 少年たちが解剖時に歌っていた替え歌の最後のフレーズ、歌の最後であるとともに、この物語そのものを暗示する。
 次々と明かされる真実がその姿を二転三転させる展開は、まさに道化役者によって語られ、演じられた、残酷で痛ましく、そして可笑しく哀しい演劇のような、幻夢的な殺人劇。

     「空は皺ばみ、土と同じ色になった。」

 一瞬にして明るさが哀しみへと変色していくみごとな表現での閉幕は、殺人喜悲劇の根底にあったものが、この時代に生まれ、生き、旧弊な体制や意識と闘ってきた、若者たちの喜びと哀しみと怒りであったことを集約する。

 ややドタバタのミステリであり、18世紀英国の社会・風俗小説であり、そして少年たちを主人公にした耽美でグロテスクな青春物語でもある、軽妙で洒脱、残酷で妖艶、歴史的深さを持ち、濃厚でさらりとした味わい。
 らしくて新しい皆川ワールドが、またここに開かれた。

 いったいどこまで拡がっていくのか、氏の創作の泉はいまもなお滾々と湧きだしているのが感じられて、また改めてファンになる。 



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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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残暑お見舞い申し上げます

 早速のリンク、ありがとうございます。残念ながら、巨匠、皆川博子の名前は存じ
ていますが、その作品は読んだことがありません。   
 でも、本作品の舞台、18世紀のロンドンには興味深々。イギリス文学と英国の近代詩をかじった売れない小説家兼フリー・ライターとしても(笑)作品と皆川氏が指摘
するように、近代科学とミステリー小説発祥の国、英国。   
 ここで、私にひとつ言えるのは、そうです、歳を取ると創作意欲は、ますます旺盛
になります(笑)この夏、二階堂 新として、「FC2小説」で再び小説とSF作品を書き始めます。   
 また今週と先週、「華氏911」と田中好子主演の「黒い雨」映画評をアップしました。よろしければ、私のブログ画面の右下、カテゴリ 「名作映画シリーズ」をクリック
してみて下さい。

Re: 残暑お見舞い申し上げます

二階堂 新さま

猛暑お見舞い申し上げます。
あまりの暑さに毎年夏の課題にしている「大作を一つ読む」がちっとも進まないで、
違うものに浮気ばかりしています(苦笑)

コメントをありがとうございます。
皆川氏は時代物もミステリも幻想も歴史ロマンも大好きで、おそらく作品はほぼすべてを
所蔵しています。
常に膨大な知識と新鮮な感覚を背景に、物語をみごとに構築、文句のない美しい文章に
する彼女の作品は本当に大切なコレクションです。
特に少年少女を描かせたら逸品。そのみずみずしさと強靭さには驚嘆します。

この作品はやや軽やかなミステリとなっていますが、
時代の空気の描写は相変わらず素晴らしいです。ぜひ一度(笑)。

ご自身の創作も頑張ってください。
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