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不在に倍加する残酷物語の恐怖 ―『お岩』―

『お岩 小山内薫怪談集』 東 雅夫 編 (メディアファクトリー 幽クラシックス)


 日本の代表的な恐怖譚『四谷怪談』。
 由来は、四ツ谷のお岩稲荷勧請に残る怪異譚、さまざまに脚色されて物語にされてきたが、どうしても南北の歌舞伎狂言『東海道四谷怪談』の印象が強い。

 毒薬を盛られて醜く腫れあがった貌、梳るたびに抜け落ちる髪の毛、そそのかされた按摩の宅悦と不義密通の罪を着せられ、殺され、戸板の表裏に磔にされて流される最後、そしてそこから彼女の恨みの霊魂が伊右衛門たちを追い詰めていく、あまりに有名な血みどろ、凄惨な物語。
 歌舞伎の5幕通しもかつて観たが、怨霊と化したお岩の怖さよりも、人間の欲と慾に絡んだ感情が成しうる残虐の方が恐ろしく、そして容貌を損なって殺される女の癒せぬ恨みと憎しみの悲しさの方が残った。

 お岩と伊右衛門の関係は、美女であったり醜女であったり、貞女であったり悪女であったり、憎しみ合う関係になったり、純愛であったり、作者の解釈によって悲劇の置きどころが微妙に変化しているが、変わらないのは伊右衛門の美男ぶり。
 新しいところでは京極氏の『嗤う伊右衛門』の皮肉な形に伊右衛門の純愛を見た結末があるか。

 あまりに色々読んだり見たりしたために、いろんな筋がごちゃごちゃになっているのだが(苦笑)、真っ黒な装丁にシンプルなタイトルの本書は、それだけで目を引くのみならず、小説家で劇作家でもあった小山内薫が新聞に連載した創作で、なぜか単行本化されなかったものを、100年ぶりに書籍化したものだという。
 歌舞伎評とともに、無類の怪談好きだった彼の実話集や演劇論も併録されたお得感のある嬉しい一冊。

 当時の連載の雰囲気を残すために、全135話を各ページ見開きで収めている。周囲を黒くにじませたような紙面の趣も、ちょっと古書を紐解いているような錯覚を起こさせ、そのまま民谷家の禍根の世界へと連れて行かれる。(できたら挿絵も一緒に復刻してほしかったな、と;笑)

 ※あらすじ、いまさらながら(笑)ネタばれしています…

 物語は性格容貌共に問題のある民谷家の孫娘お岩の婿探しから始まる。それはあくまでも民谷家の存続のために病床の祖父が切望したことだった。
 岩の性格は、その狷介な面と素直で一途な面の両面が均等に描かれる。そして伊右衛門もまた、財産目当ての浪人としての打算と、岩の一途さを見て愛おしいと思う気持ちの両面が共存した姿で進んでいく。
 しかし伊右衛門の慈しみに貞淑な妻となっていく岩と反比例するように、上役の妾お花に心を移し民谷家を乗っ取りにかかる伊右衛門の非情さは、容赦のないものになっていく。
 このあたり、それほどにふたりの心理描写が細々と綴られていないところがよい。それぞれに相矛盾する性向がいつ、どちらの面に傾いて行くのか、読者の想像の余地が大きく、物語の奥行きを生んでいる。
 
 不思議な感触を得たのが、岩を追い出して民谷家を乗っ取る策略に熱心なのは、むしろ伊右衛門の周囲の人間たちであり、伊右衛門自身はかつて恋仲であったお花との恋の再燃に惹かれつつも、逆にその立場を利用され、まんざらでもないながら乗らざるを得ない状況に追い詰められるという、主体性の薄さだ。そのくせ、いざ計画の実施に当たっては、岩に対する仕打ちが最も残酷で冷酷なのもまた彼なのだ。

 それは、どちらかというと岩と伊右衛門のやり取りよりも、周囲の人間たちの動きや思惑の描写に多く割かれている造りであることも大きく影響している。
 そこには、祖父民谷又左衛門と組頭伊藤土快との因縁、岩の母と伊右衛門の父の因縁、そして伊右衛門と花の因縁、と過去の繋がりが連綿と引きずられている。これらの人々の消えない愛憎の澱が欲得がらみとなって、すべて岩に追わされ、流される、その贄としての彼女の存在が浮かび上がってくる。

 いよいよすべての陰謀が明らかになった時、怨みに狂気した岩は行方不明となり、その生死は最後まで明らかにならない。
この岩の存在/不在の不明が、このお家騒動に関連した家々の不幸の残酷な描写に不気味な影を落としていく。
 その点では、小山内の作品は、よりお岩稲荷に伝わる怪異譚に近い形で造られているといえよう。

 このため、決して幽霊としての岩の存在が明記されることはない。それは怯えるものが見た幻覚なのか、怨みに狂乱した岩本人なのか、はまたま本当に幽霊になったのか、ただいずれもが何らかの報いを受けるかのように、凄惨な最期を迎えるその執拗ともいえる描写が生々しく、別の意味で怖い…。
 その頃には巷でも、民谷家の顛末と岩の不幸が噂されるようになり、被害者たちへの世間の眼も冷静で、「お岩さまの祟り」として恐れながらも同情を以って、彼らに供養を強要するようになっている。
 やがてお上の手が入り伊右衛門は、取り調べのためにこれまた目を背けたくなるような残虐な拷問にかけられるのであるが、そのしぶとさには、人間の変貌の恐ろしさを思う。伊右衛門の死を以って終わる物語の最後の一行に、ホッとする。

 組頭の金と色への執着、その思惑に乗って利を稼ぐやくざや仲介業者、岩が売られた先の女郎屋の陰惨なしごき、行商人の姿など、小説は江戸の生業やその組織関係、武家と町人との癒着や依存関係といった、当時の風俗や生活を裏面から見せていく。これらは、その後の「祟り」とも思える彼らの悲惨な死の描写と対になって、醜く、残酷なもうひとつの恐怖を付与している。

 最低限の端的な文章、登場人物の感情表現の抑制、それに反動するかのように微細に描かれる残酷絵としての人死…。
 併載されている演劇評にあるように、怪談の演劇がその怪異の演出になったとたんに怖さがなくなる、と指摘していた小山内が描いた「四谷怪談」は、視覚も嗅覚も触覚も刺激して、なおかつ人間の闇を見せ、幽霊を見せないことで怖さを増す、そしてその残虐さで人々を釘づけにする、入魂の作といえる。
 『お岩』、このタイトルも、他の登場人物よりも儚く物語の存在としては消えていくのに、哀しみと恐怖でそこに残る女の影を象徴していてとてもよい。

 同時に、演劇評のみならず、南北とヴェデキントとの比較論、彼と彼の知人が体験したという怪談実話、そして『お岩』を書く大きな刺激となったド・ヴェンネヴィルの『四谷怪談 もしくはお岩稲荷』についての著述も非常に興味深い。

 あらすじを知っていても新たなものを見つけるたびにまた読みたくなる、「四谷怪談」の魅力にまたひとつ有力な作品が加わった(笑)。



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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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この時季ならでは?

怖くないですか?
どうも この手の怪談モノは苦手なんです。もちろんホラーも・・・
大昔、お盆の時季になると必ず映画かTVでやっていた「四谷怪談」
子供心に「お岩さん」が怖くて こわくて・・・
この歳になっても あの顔が思い出され、怖いものは やはり怖い。
でも、文章なら大丈夫かもしれないと chat_noirさんの書評を読んで思いました。
反面、自分で描くお岩さんが どれほどになるのか・・・
夢に出てきたらイヤですし、やはりちょっと尻込みしそうです。

Re: この時季ならでは?

あんごま きなこ さま

こんばんは!
コメントありがとうございます。

うーん…。想像力豊かなあんごまきなこさんには、
お岩の顔が思い出されてしまうかも…。

ただこの作品は、そもそも醜い容貌に生まれてしまったお岩の
悲劇物語の感が強く、その姿よりは“念”のようなものが、
彼女を追い落とした人々に復讐したのかも…と「感じさせる」
造りになっています。

どちらかというと、幽霊として化けたお岩の怖さではなく、
(不思議だけれどその直接の原因は説明可能な)悲惨な死を遂げていく
周囲の人間たちの、その死にざまの残虐さの方がエグいです。
(もちろん普通ではあまり起こり得ない現象ではあるのですが)
最後まで人間の欲と恐怖心が生みだす狂気的な死といったグロテスクさが
強くて、そこが怖い。

ま、個人的にもここまでやられたらそりゃ恨めしいだろうなー、
復讐したいだろうなーと(笑)。
伊右衛門も呪い殺されるというよりは、その計略を暴かれ、
役人により処刑されますし、「因果応報」が「お岩さまのたたり」と
巷説された、その物語化といった感じです。

とはいえ、後半はその生死も不明な岩の怨念がドロドロと漂ってくる
空気の演出はみごとで、その意味ではまさに「怪談」です。
お岩が幽霊として形象化されていないところが不気味さを持つ、
私的にはヘタな幽霊譚よりも好みな「季節もの」でした(笑)。

ホラーとか怪談、たいてい怖いと思うのは、幽霊そのものよりも、
人間やその感情の方なんですよね。

この話も実はいちばん怖いのは、どこか他力本願で他人に流されながら、
その仕打ちは最も冷酷に徹せられる、涼やかな美男伊右衛門の
「薄情」と「心の闇」かと…。

あ、苦手なホラーありました。
古今東西人形ものはダメです~存在自体が怖い(笑)。
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