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孤独というエゴが生みだす愛憎劇 ―『孤独の部屋』―

『孤独の部屋(20世紀イギリス小説個性派セレクション) 』 パトリック ハミルトン  北川 依子 訳(新人物往来社)

 
 新人物往来社でこのところ刊行されているシリーズ、全集でもないとなかなか手に取れない作品をピックアップしていて気になっていた。
 その第4弾、作者はヒッチコックの名作、『ガス燈』『ロープ』の脚本を手掛けたパトリック・ハミルトンの小説。

 第二次大戦時下のイギリス。
 空襲を避けて、ロンドンの郊外に下宿する中年イギリス女性ミス・ローチは、平和な時には教師をしていたが、現在は出版社の社長秘書をして、毎日ロンドンまで通っている。特に容姿にも恵まれず、あまり社交的でなく、独りでグルグルとマイナス思考の逡巡を繰り返す孤独なオールド・ミス。
 しかしいまだ「古きよきイギリス」女性の価値観を残したその振る舞いは、ややお堅く暗い印象を与えるものの、控えめな有職の独身女性としては、しっかり自立してみえて、決して悪印象はない。

 彼女が現在暮らしている下宿屋には、同じように戦争の被害を逃れている老齢の男女が集っている。 
 とはいえ、彼らは互いに交流があるわけでもなく、それぞれに自分の殻に籠っており、毎日の食事と食後のコーヒーの時に集っても、なごやかな雰囲気には程遠く、どこかぎくしゃくとした空気の中で最低限の会話だけの日々を送る。
 その中で偏屈で奇妙な言葉づかいをする老人スウェイツ氏だけは周囲の空気を感じるとことなく、自分の独りよがりな価値観と意見を大声で語る。なぜかミス・ローチに対する意地の悪い攻撃と共に。これが余計に周囲の沈黙を招き、ミス・ローチが集中攻撃をされる姿に、本気で助けを出す人もない。

 この憂鬱な食事時のイジメは別として、管理制灯で真っ暗な道を帰り、薄暗い部屋で一日を終えるそんなミス・ローチのパッとしないながらも平穏な毎日に、イギリスに滞在する連合軍のアメリカ兵パイク中尉との出会い、そして唯一の友人ともいえたドイツ人女性のヴィッキーが下宿に越してきたことをきっかけとして、微妙な変化が生じ、ミス・ローチの日常にはこれまでになかった感情が生じ始める―――。

 物品の不足、灯りの統制、郊外への避難、外国人兵士の滞在と夜毎の騒ぎ、普段ならのどかで時代から置いて行かれたようなロンドン郊外の街で、戦時下の抑圧された暗さと奇妙な穏やかさが描かれる。
 その中で、いかにも生真面目な妙齢のイギリス女性の心理と目を通して、その些細ともいえる日常が語られていく。

 敵国人として疎外されがちな女性を助けたのだと思っていたヴィッキーが、下宿に越してきてからその態度に変化が生じ、人種差別にもやかましかったスウェイツ氏が彼女の魅力に惑い、一貫性のない言動と常に飲酒を絶やさない性癖を持つところに不安を感じながらも、一緒に新大陸に渡ることを漠然と夢想していたパイク中尉との関係にも介入してきたとき、ミス・ローチの彼女に対する憎悪が生まれていく。

 戦争の描写は直接的にはなく、人々の日常の会話にほのめかされるだけながら、彼らの会話やその人種観にその影響がとても強く表されているのが、より当時の一般民衆の姿を捉えていて、戦争の持つ隠微な雰囲気が全体に漂う。
 敢えてその話題を避け、最低限の知識に留めようとするミス・ローチの向き合い方などは、とても女性的であり、そのパイク中尉への思いや、ヴィッキーに対する憎しみと自分の思い過ごしを諌める堂々巡りな思考、自分のプライドと自信のなさを往来する感情の揺れと共に、とても男性が描いたとは思えない女心の機微に富んでいる。

 常に女性としての慎みと理性的な考えを失わないように、と自制するミス・ローチは、ヴィッキーに「淑女」と言われてカッとする彼女の複雑な心境を理解しつつも、現代の私たちから見たら、確かに苛つかせる何かを持っていて、ヴィクトリア朝時代からの淑女の理想を失わないイギリスの価値観が、当時でもこの国のひとつの規範になっていることを、そしていまだ階級差の意識がとても強く残っていることを漂わせる。その一方で彼女たちの行動は、そうした中流階級の女性でもバーにお酒を飲みに行くようになってきた風俗をも表している。(そういえば19世紀以降、この国では女性のアルコール中毒(特にジン)が社会問題にもなっていたな、と)

 また、何よりもさまざまな国の人間と、さまざまな職業の人間が集うこの下宿で、言葉の端々に漂う差別観や固定観念が、戦時中という状況だけではなく、「大英帝国」イギリスに根付いている階級意識を浮き彫りにしている。

 解説では、奔放で、時間や約束にルーズで、女性としての色気を使って周りを籠絡していくヴィッキーの描写に厳しさを感じるかもしれないが、作品が書かれたのが戦争終結直後で、ドイツ人に対する眼があったのだろうとの指摘があったが、私にはむしろ、敵国で独りで生きていかなければならない女性が、その恵まれた容姿を使って居場所を確保していく姿に、哀しみを見出していた。
 差別される哀れな女性を救ったと思っているミス・ローチの親切は真心であったとしても、受け取る側のヴィッキーとしては、その憐みが腹立たしく、押し付けがましいものだったのではないかな、と。
 その意味では、ミス・ローチがヴィッキーの言動に振り回され、憎しみに変わっていく心理を痛いほど理解できながらも、ヴィッキーの破滅的な言動と処世術もまた痛々しいものとして、ふたりの対照的な「孤独」を、いやになるくらいありがちな「女の闘い」に見た思いだった。

 むしろ著者の厳しい眼というなら、毎夜酒を飲んで酔っ払い、ところかまわず女性に絡むパイク中尉の描写に、当時有無を言わせぬ物量でヨーロッパを「救いに」来た、姉妹国であるアメリカ人に対して注がれているように感じたのだが。
 ここにも、新興国で、自分たちよりも(伝統的にも成り立ち的にも)劣っていると思ってきたアメリカに対する、伝統や格式を重んじるイギリスとは対照的に自由で奔放なアメリカ人の振る舞いに対する、差別とも妬みとも言えそうな複雑な心境が見え隠れしている。

 いち地方の小さな下宿で繰り広げられた人間模様の物語、そこには戦争の影と共に、イギリス社会が持つ、ひいては人間が持つ妬みや優越感、誇りや見栄といった拭いされない負の感情が生む愛憎が浮かび上がっている。
 それは、他に心を許せず、孤独に捕らわれたままで、自身の価値観だけで生きている小さな集団のエゴの描写でもある。
 
 原題は『The Slaves of Solitude』、「孤独の囚人」とでも。
 確かに下宿先の決して快適とは言えない部屋で逡巡するミス・ローチの姿が印象的な作品だが、全体を覆う孤独に籠っている人々の表面的な無関心と、裏腹なゴシップ的な興味、他人との交流を拒否した空気には、原題の方があっているような気がする。 
 とてもイギリスらしい作品。



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ジャンル : 小説・文学

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