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ボスニア悲劇に重ねた”安楽椅子探偵”だが… ―『リベルタスの寓話』―

『リベルタスの寓話』 島田 荘司 (講談社文庫)


 御手洗シリーズ、久しぶりに石岡さんが出ている、ということで同僚が貸してくれた。
 確かにすぐに関わる女性に惹かれてしまうワトソン役、石岡の抜けぶりがないと、護岸不遜な御手洗の魅力も活きてこない(笑)。

 とはいえ、すっかり海外の大学に行ってしまい、声だけの活躍になってしまった御手洗氏、残念ながら今回もアームチェア・ディテクティブとしてしか出てこない…。

 舞台は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、1990年代の民族紛争まもなく、まだ遺恨の消えないこの土地で、凄惨な切り裂き事件が起きる。 セルビア人3人の首が切られた上その性器が持ち去られ、そこになぜか対立するモスリム人もひとり殺され、その体は喉から腹までを切り裂かれ、心臓を除く器官がすべて他のものに置き換えられているという、酸鼻きわまる殺害現場。
 血の池と化したその現場には、こなごなに破壊されたパソコン機器のほか、なぜか色とりどりのキャンディーやエンドウ豆が浮かんでいたという。そして失われた臓器は、後日近くの草原と大学のプールから発見される。ただひとつの臓器、腸だけがそこには含まれていなかった…。
 国連から派遣されていた平和維持軍のNATO幹部より協力要請を受けたハインリッヒは、その要請の主たる対象がミタライであることを知りつつも、動けない彼のために、単独ボスニア・ヘルツェゴヴィナへと向かう。

 中世クロアチアに伝わる伝説、理想的な自治都市のドゥブロニクの危機に現われたブリキ人形「リベルタス」の物語を挿入しつつ、根深い恨みと傷を残し、今現在も民族間の憎しみと復讐が連鎖する紛争地に起こった殺人事件、そこにグローバルに拡がりを見せるオンラインゲームの仮想通貨の実態が絡んでいることが明らかになっていく時、その凄惨な殺害現場の謎を、犯人の目的を、はるか離れた土地から御手洗が解き明かす――。

 途中に、日本で起きたクロアチア人の密室殺人事件の解明を警察から依頼された石岡がやはり御手洗に泣きついて謎を解決する「クロアチアの手」が挿入され、民族紛争が残したもうひとつの負の感情を重ねつつ、石岡と御手洗との変わらぬ(?)関係も描かれる。

 彼の作品の手法のひとつとして使われる、時空を超えた断片の集積が事件の現象と解決への糸口になっている造りで構成されているが、なんとも事件の必然に弱く、御手洗の解決に無理があるような気がする…。
 
 現場にいるならまだしも、メールで送られた画像や第3者が聞いた伝聞による情報だけで、ここまで読み解く御手洗は、天才探偵の設定ながら、ちょっとぶっ飛び過ぎてもはや人間を通り越して“神”である。
 電話で語られる謎ときの鮮やかさが却って現実感を失い、事件の陰惨さやその背景に置かれた、この地域にある悲惨な歴史の重みや意味が無化していく。
 また、犯人の動機や犯行過程も、ストーリーのために“造られた”感が残り、説得力に欠ける。

 挿入された「クロアチアの手」に至っては、たとえ科学や医学が発達したとしても、その密室の完成は無理では…?と思う、強引な造りにしか思えなかったし、民族感の溶き難い憎しみを強調したかったのだろうが、ボスニアで起こった殺人事件に重ねる意味もあまり感じられず、やや無理やり付けた印象が残る。
 相棒石岡が元気に存在し、御手洗の傍若無人ぶりに翻弄されている姿を見られたのは嬉しかったが、なくてもよかった章のような…。

 相変わらず冴えているのは、事実に脚色した「リベルタスの寓話」である。この物語の理不尽さとインパクトの強さは、『ねじ式ザセツキー』で創作された物語『タンジール蜜柑共和国への帰還』と同じく、とても魅力的だ。
 しかし、この寓話のインパクトが、『ザセツキー』のときほどに、主たるストーリーに活かされきれていない。このため、3章に分けられた物語が、意図したほどに重層をなさず、バラバラに存在してしまっている。

 同時に、今風な会話によってお台場で進められるオンラインゲームとRMT(リアル・マネー・トレード)のやり取りも、やや唐突で、不要に軽く、全体が収斂していったときに、アリバイとしてしか機能しておらず、違和感を残して浮遊した印象がぬぐえない。
 
 バーチャルな世界が現実に浸食し、国境を無視して拡がっている現在、そして歴史的に解決を見ない民族紛争の負の連鎖が生みだす悲劇と不幸、このふたつの「リアル」が交錯したところに、ひとつの舞台を設定したかった、その意図は痛いほど見えるのだが、構成としては未消化にできあがってしまったミステリ。

 ラストに加えられたハインリッヒとあるクルド人の老人との会話も、「語らないこと」でとどめても充分にその悲劇を伝えていたのではないか。
 日本ではなかなかその詳細を知ることも叶わない彼の地のジェノサイドをテーマとしたことの社会性と重みは評価したい。

 だからこそ、確かに「語らないと伝わらない」のも事実だが、「語らぬ」ことがより重く、その事実を伝えることもある。
 なぜ切り取られた性器が、その草原に並べられていたのか、この物語を読んでいれば、おのずと答えは出ているではないか。

 以前の氏の作品にはその余韻が残されていた。
 時代のせいか、読者の変化のせいか、年齢のせいか、どうもこのところ言い訳的な饒舌が感じられてならない。
 そして遠くから伝聞だけで事件を解決する御手洗の在り方に、この「民族浄化」の言葉とともになされた人間の、人間とは思いたくない、人間ゆえの蛮行に対する告発は、非現実的な世界に、説得力のないものに霧散してしまうのだ。

 ちょっとケレンを意図しすぎて、策に溺れてしまったか。

 現実と非現実(物語)とを上手く構成して、奇想天外な殺人事件が理論的に解決されていく面白さと、御手洗の超絶的な探偵の才の魅力が、姿なく声だけで解決する彼の不在とともに、遠いものになってしまったのはさみしい限り。

 いい加減、日本に戻ってきてほしいかな。石岡さんも待ってるよ。


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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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