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量も質もヘビー級、SS将校が見せる醜悪と悲惨 ―『慈しみの女神たち』―

『慈しみの女神たち 上・下』 ジョナサン・リテル  菅野 昭正 星埜 守之 篠田 勝英 有田 英也 訳(集英社)
 

 今年の夏の課題書、と思っていたら、すっかり秋になってしまった…。

 このところ読書感が無沙汰になっているのも、これと“格闘”していたため。
 上下巻(しかも中は2段組み!)、厚さにしても合わせて8cmほど。
 そのボリュームと価格(!)にひるんだものの、シーレの画とタイトルに我慢ができなかった…。

 若干38歳処女作にしてフランス2大文学賞を受賞したという大作。
 この時代のドイツものの物語は、国内外を問わず、33年にナチスが政権を把握してからの暴政と破滅に巻き込まれる人々から描写されることが多いのだが、これはユダヤ人の「最終解決」対策として建設されたアウシュヴィッツをはじめとする収容所に関わったナチスSS将校の視点から描いた大戦期ドイツの姿と人間の性。

 かつてこのドイツに占領されたフランスの言葉でアメリカ人によって描かれたそのドイツ将校は何を訴えてくるのか、と読み始めたら、想像を超える人間性の抉り方に思いっきり側頭部を殴られた感じ。

 そして言葉化するのにさらに時間が…(汗)。
 結局まとまりきらないままに。

 戦後、フランスのレース工場の事業主として家族に囲まれて日常を送っている老齢に達した人物の追憶で語られる、ナチス親衛隊高級将校の陰惨で過酷で歪んだ「ヴェルトアンシャウウング(世界観)」の顛末は、「わたし」も「ひとりの人間であり、あなたがたと同じようなひとりの人間なのだ」という言葉にひも解かれ、集約されていく。

 プロローグともいうべきこの中では、フランスに逃げてからの彼の人生とニュルンベルク裁判の結果に対する思い、さらには殺戮数を用いてのドイツとソビエトの「残虐さ」に対するドイツ擁護とも取れる比較、自身の若き理想が、結果として「悪」の実行に利用されたという意識などが、それでも自身とナチスの行為に対する非道の自覚を持ちながら開陳される。
 その乾いていて硬く、虚無的であると同時にドロドロとしたタールのような息苦しさと熱を帯びた語りは、究極の闇を覗き、体験してしまった人間としての、心の深淵が感じられる導入となっている。
 すでにこの時点で語る人間への同情も憐憫も感じられず、むしろ嫌悪を持たせる主人公にとまどいながらも興味が沸き、どうやって彼が末期のドイツから逃亡を果たしたのか、ミステリの要素も伴って読者を物語へと導いていく。
 この突き放したようで、引っ張り込む語りがうまい。

 フランスで学び、政治博士としてエリートコースを進んでいたアウエは、自国ドイツの国家社会主義の理念に心酔し、SS将校として、大ドイツ帝国拡大のためにその任務遂行に勤める。
 とはいえ、フランスの空気を吸って育った彼には、純粋な主義と総統への忠誠心はあるが、組織の中での地位確保や立ち回りにも疎く、ひょんなことから上官の機嫌を損ねて、ソビエト攻撃の前線に送られることになる。
 そこで目にした戦場の実態は、食糧の窮乏、酷寒のロシアの気候への準備不足による兵士の荒廃と疲弊、そして何よりもユダヤ人をはじめ精神病患者やジプシーに対する、女も子供も殺戮していく「アクツィオン」の在り方に、いまひとつ違和感を持っていたし、その処刑の場に駆り出される兵士たちの精神的なダメージには、自らの体調不良と共に危機感を持っていた。

 しかし、戦地で頭部に被弾し名誉の帰国を遂げ、その功績により昇格、アイヒマンの元で、シュペーアとも関わりながらユダヤ人の労働力確保のために任務をこなしていくうちに、彼の内部は徐々に変貌を遂げていく。

 こんなアウエには、父の失踪、母の再婚、双子の姉ウナとの近すぎる関係と養父によってそれを阻まれた未練、そしてその記憶の神聖視のために、同性との関係しか持てなくなっているという個人的な過去があった。
 顔も覚えていない実父への恨みとも憧れともいえるこだわり、父を捨てて異なる(しかもフランス人の)男と一緒になり、その養父共に自分を姉から引き離した母へのわだかまり、養父への憎悪、そして姉への断ち切れぬ想い…。
 
 戦局の悪化、殺戮の重圧、国家としての破滅が見えていながら、それでもドイツの勝利を信じていこうとする引き裂かれた心理と、彼の家族に訪れたさまざまな出来事がひとつの帰結を見せていく時、アウエの中で何かが壊れていく…。

 このアウエの造形として圧巻なのは、おそらくは将校連を含めた大半の兵士たちの精神を狂わせていく「最終解決」方針の行われ方に対する嫌悪と罪悪感を持ちながらも、ユダヤ人を絶滅させるというそのこと自体にはなんら疑問を持っていない、そしてその苦難こそが大ドイツ帝国の建設に必要な試練であるという、恐ろしい感覚、「ヴェルトアンシャウウング(世界観)」への確固たる信頼と安定である。
 それは、当時将来を期待される優秀な若者たちをはじめとして、兵士たちが持っていた感覚であり、まさに彼らにとっての「正義」であった。
 後世の私たちにとっては、狂気としか名付け得ない行動規範は、しかし、実際にその場にいたらどうなっているか分からない、ゆえに恐ろしい「現実」であり、「可能性」である。

 そしてこの矛盾を孕んだ感覚は、彼の個人的な背景にも同様の効果を持ち、彼の精神がどこか歪んでいくのに、その行動は非常に論理的でもあり、彼がなぜSS将校として収容所管理の重要な役割を担っていたのに戦後無事に生き延び、フランスで事業主として(外見上は)穏やかな生活を送っているのかという謎が解明されるラストまでの構成にも大きく関わってくる。

 膨大な資料の検証による裏付けという知識、架空の人物を実在の(しかも世界的に名の知れた)ナチス上層部の人間と絡ませるその創作力、どうしても共感を持てず、好きになれなかった主人公の造形、実際に見てきたような戦場のリアル、「組織」が孕む「公」と「私」、人間が持つさまざまな理想と欲望やエゴが引き起こす混沌、アウエの母と義父の事件と彼自身の脱出のミステリ要素…長大な物語に関わらず、その壮大な叙事詩(決して美しくはない)が内包する多面性と緻密な構成は、最期のページでプロローグの彼の叫びに立ち返るとき、あまりに深く、みごとで、呆然とする。 

 今、現在に生きる私たちにとって、ナチスの行った筆舌に堪えない蛮行、愚行を批判する立場から描くことは難しくない。しかし、「なぜそんなことができたのか」という問いには、答えられない。
 この作品は、その時代、その国に生きた人間たちの感覚や思想、そこから導き出される行動と道徳規範としてそれらが示される。それはとてもエグくて歪んでいるのだが、それゆえに在り得ることで、それが何よりも恐ろしい。

 サディスティックな喜びから、本当に民族として憎しみを感じて、それらの作戦行動に従事した人間よりも、その事象そものもには嘔吐するほどの嫌悪と絶望を持ちながら、理想国家を築くための命令として、課された義務として遂行していた人間に対する恐怖。
 それは、どんな人間にも起こり得る感覚であり、行動であるからだ。

 そして次々と組織を作り、階級を作り、結果その内部での出世競争に奔走した上層部の、稚儀に等しい愚かなシステムと、独断で暴走する末端機関のめちゃくちゃぶりは、人間の醜い本能と欲が暴露され、なおバカバカしさと同時に痛々しい姿を晒す。
 途中ややペダンティックに展開される、ユダヤの血をどこまで許容範囲とするか、のための山岳やアラブの民族のルーツを言語体系で手繰っていくという「学術的」な「選別」についても、(途中からあまりに複雑で理解を放棄して読み進めてしまったが)その専門家たちの情熱と知識には感嘆するも、バカバカしく笑えるものに見えてくる。
 とても身勝手で、しかし魅力的な「民族国家」という理想と現実との乖離――ユダヤ人たちの末路を知りながら、自分たちは知らないふりをしていた彼らドイツ国民にも、そして周辺国の無言の援護にも、この未曾有の戦争犯罪の罪はあるとは思うが、こんな子供の権力争いのような上層部に踊らされていた彼らには同情と憐憫を禁じ得ないし、同時にそれは同時に自省をも促す。

 とはいえ、あまり舞台としては選ばれることのない、ソビエト侵攻時の前線の実態が上巻のほとんどを占め、後半はポーランド侵攻による収容所の拡大、そして首都ベルリンの陥落と、とにかく全編これ寒さと飢えと、血と脳漿、糞尿と精液の描写で、読んでいるとぐったりしてくる。
 ソビエトを含む東ヨーロッパの地理がよく分からず、またその広大な土地に暮らすさまざまな民族についても無知な人間にとって、このソビエト戦線の情景と、そこで繰り広げられる民族浄化のための選定の論理は、とても捉えにくいものだった…。(数ページで睡魔に負けることしばしば。その後夢にまで見たり;汗)
 また、会話のたびに、相手をその位で呼ぶのを、すべてドイツ読みにしているので、ただでさえ階級の上限間に疎い私にとっては、これもまたなかなか読み進まない原因の一つ。

 で、この重たい本を開くたびに睡魔と悲惨さとの闘いと、それでも読み進めずにはいられない迫力と苦痛の物語で、他の作品との並行ができなかった…。 

 ギリシャ神話の女神をタイトルに持つ、その意味は最後の一文で明らかにされ、アウエの「罪」に対する複雑な感情をさらに裏書きする。

 恐るべき物語。
 フィクションでありながら、ひとつのナチス・ドイツの真実として、そして人間の闇の深さを思い知る警告書として、重厚な(物理的にも;笑)一冊。 

 そして多くのドイツ語の名称飛び交うこの作品を、さらに背景を補強する詳細な注とともに提供してくれた、4人の翻訳者に感謝と称賛を贈りたい。
 と、まるで尺取り虫のようなペースで、時に溺れながらもこの大河をなんとか渡りきった自分にちょぴりの拍手も(苦笑)。




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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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