FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大正のノスタルジックな幻想の裔を惜しむ ―『アンドロギュノスの裔』―

『アンドロギュノスの裔(ちすじ)(渡辺温全集)』 渡辺 温 (創元推理文庫)


 大正から昭和初期の東京-横浜の空気を色濃く感じさせてくれる一冊。

 作者は、横溝正史の右腕として編集にも執筆にも大きな可能性を持ちながら、谷崎潤一郎への原稿依頼の帰りに自動車事故でわずか27才で早世したという渡辺温。おそらくミステリファンには知られた人物なのだろうが、私は初めて。
 ふと書店で目に入ったタイトルと抑制の効いた表紙デザインが、衝動買いを起こさせた。

 彼が女性名も含めてさまざまなペンネームで発表した短編小説と、アイデアスケッチのような掌編、演劇や映画を想定した脚本、海外作品の翻訳・翻案と、当時非常に興味を持ち、制作にも関わっていたらしい映画に関するエッセイと、生前に活字にしたものをまとめた、ボリュームたっぷりのお得な文庫の全集だ。(このためお値段としては文庫にしては高いけど…)

 「探偵小説」が日本で生まれ受容されていく時代、モボ・モガが銀座をそぞろ歩き、近代化の光と闇が煌びやかにかつ仄暗く妖しく絡みあっていた時代が、さまざまな試行錯誤と謎や不思議の仕掛けが男と女の機微に描かれて、(実際には知らないけれど;笑)なにか懐かしく、どこか淋しさを湛えて、詩情たっぷりの世界に連れ込まれる。

 小説は、エロスと残酷を持ちながらも、どこか飄々とした軽やかさとユーモアを帯びて、それらの作品たちの微温と微光は、ドロドロの血縁関係に悲劇と残虐を展開させた師の横溝正史とは異なり、都会のダンディと孤独に彩られた独特の魅力を放つ。

 銀座の日暮れのカッフェ、新橋の路地裏、溜池から赤坂の散歩、上野の博覧会場、深夜の横浜居留地のホール、場末のホテル、避暑地の海岸から上海の賭博場、新築のポオチと煙突のある家といった舞台設定、都会の探偵、華族や無産階級の若者、活動写真の女優、深窓の令嬢、売れない青年画家、軍人、マドロス、娼婦、新婚夫婦、貧しい兄弟姉妹や母子などの登場人物、シルクハット、ダイヤのタイピン、指輪、天鵞絨のクッション、そしてピストルといった小物たち、会話のあちこちに散りばめられるドイツ語や英語……その語りのレトロ感と共に、“ハイカラ”にあふれ、しかもそれらの天然色の風景画が、一枚薄布を張ったような朧とセピアに彩られているからたまらない。

 物語の最後に仕組まれる逆転も、悲劇だったり、肩透かしだったり、可愛らしいハッピーエンドだったりと多岐にわたり、つい物語そのものとその空気に引き込まれるため、うっかりと足を取られて楽しい。
 そしてミステリといってもいわゆる「探偵」が出てくるものが少なく、時には幻想性の方が強いものがあるあたり、その後の小栗虫太郎や中井英夫らへの系譜を感じさせて、なお興味深い。
 
 活劇の人気俳優が「命を狙われている」と探偵に語る、波乱に富んだ過去の物語が短編とは思えないほどに大きく感じられる「象牙の牌」、“嘘つき”の話比べで語られたある少女との出会いとそこに重なる“嘘”の入れ子が面白い「嘘」、口のきけない姉とその弟が閉ざされたふたりだけの生活の中でたどる、隠微で残酷な運命を描いた「可哀相な姉」、少女時代の淡い恋心を封じて大人になった女の現実が、ほろ苦くも温かい「指輪」、ひとりの女をめぐる兄弟のどちらが彼女を殺したのか、真相が二転三転する展開が、テンポよく凝縮された「勝敗」などが印象に残る。

 掌編は、もっと物語性というか、ファンタジー色の強いものが残されているようだ。詩のようなリズムをもった短文の作品が多く、明るく平易な表現でありながら、なかなかにテーマは重い。あどけなさと残酷さの併存する神話や昔の絵本のような趣を持つ。

 ヨーロッパを思わせる石畳の街の夜を舞台に、カフカを思わせるシュールで不気味な闇を浮かび上がらせる「どぶ鼠」、芸人の娘にちょっとよこしまな想いを持った若者が、にこやかに招かれた貧民街であれよあれよという間に身ぐるみはがされる、ブラック・ユーモアのきつい「降誕祭」がお気に入り。

 翻訳・翻案は、G・H・ウェルズのSFや、ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』からイソップの『王様の耳はロバの耳』、ヴァーグナーの『ニーベルングの指輪』など、ジャンルを問わずその幻想性を活かしつつ、単に海外作品を日本語にしただけではない、不思議な日本的な情緒を湛えた、魅力的な“物語”になっている。
 特に代表作と言われる(らしい)ウォルター・ベサントの翻訳(?翻案?原作を知らず…汗)「島の娘」は、孤島に育った少女の都会でのあでやかな変貌と、青年画家の波乱に富む顛末、絵画作品の盗作と大量のルビーの原石をめぐる犯罪という煌びやかな魅力で、(結末は予測可能ながらも)一気に読ませる。

 映画関連のエッセイでは、スタンスのずれない厳しい映画や俳優、あるいは映画業界への批評を、これまた奇妙な設定と登場人物に語らせて、独特の世界を構築している。
 自ら撮影所を見学した所感を含め、活動写真にどれほど魅了され、海外の個性的な俳優や作品を愛していたのかを感じさせるそれらは、日本の俳優たちの無個性性や大衆におもねる娯楽作品に対しては批判的だった彼の嗜好を示す。

 この時代のミステリや幻想小説は、大正のノスタルジックな表現や語りと醸し出す雰囲気が、そのプロットの出来の善し悪しの前に作品に魅力を与えてしまうので、どうもひいき目が強いと思っているのだが、それを自覚してもなおこの全作品集は、ミステリと幻想が絶妙な混ざり合いをなし、さらりと描かれながらも人間の持つドロドロとした欲望や闇を照射して、ほの温かい怖さを幻燈のように次々と映し出して、妖しい世界に浸らせてくれる。

 彼の若さとダンディ、独特の美意識が、このあともしも戦争を経験し年齢を重ねた時にどんな世界を描いただろうか、わずか26歳での夭折が残念に思われる。 



スポンサーサイト

テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

chat_noir

Author:chat_noir
FC2ブログへようこそ!

FC2カウンター
最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
タイム
検索フォーム


リンク
アクセスランキング
参加しています。よろしかったら投票お願いします。。




人気ブログランキングへ

ブログランキング・にほんブログ村へ
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。