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対立と受容、刺激的な昇華を体感 ―『長谷川等伯と狩野派展』

『長谷川等伯と狩野派展 日本の美・発見Ⅵ』 (出光美術館)

Tohaku_Kano_チラシ
 2009年から所蔵品をシリーズ展開している「日本の美・発見」の6弾。ついついこれまで行きそびれていたが、今回はなんとか足を運ぶ。

 このところ大きな展覧会の多い等伯(昨年が没後400年)を、同時代に一大派閥を築き、安土・桃山から江戸の絢爛な絵画世界を造った狩野派との関係から観ていく企画内容。

 全体を通して“傑作”と言えるほどの大作はないものの、北陸から京へ上り、すでに狩野派の地位が確立してたこの都市で、挑戦者として、ある意味型に縛られない自由な世界を探求していった等伯と、後発ながら画壇に強烈な印象を与えた彼の躍進を脅威として感じつつ、流派としての独占とその工房としての規範を固めていった狩野派との、激しい対抗意識と互いに影響を受け合う刺激的な交流の双方がよく感じられる、エキサイティングな造りが楽しめる。

 Ⅰ.狩野派全盛
 正信から元信の代に大名たちの支持を得て、画壇を席巻する流派となっていた狩野派、そして永徳の代になり、金泥を多用する豪華な桃山様式を確立した彼ら流派の隆盛を見せる章。
 室町から桃山の狩野派の面々の作品が並び、その確立された形式美と多様な作家の存在を感じさせる。

Tohaku_Kano_1 松栄(伝)とされる≪花鳥図屏風≫はその鳴き声が凛とした空気の中に響くのが聴こえそうな鶴と松の図。また「元信」印となっている『花鳥図屏風』もまた、水墨で描かれる花鳥で四季を表す。
Tohaku_Kano_2 いずれも描法、構図ともにかっちりとした定型におさまり、安定してはいるのだが、あまり興を起こさないかな…と。
 永徳(伝)とされる≪鷲捕兎図屏風≫が、背景もない中に鋭い爪に兎を捉えた鷲のたくましい筋肉質な姿と、激しく厳しい表情が印象的だ。

 Ⅱ.等伯の芸術
 相対するようにここでは等伯の作品と、彼が大きな影響を受けたと考えられる中国の画家牧谿の作品が並ぶ。
 
 どうしても晩年のみごとな水墨の印象が強い等伯だからひいき目かな、とも思わなくもなかったが、少なくともこの展覧会で並べられた作品たちでは、等伯がやはりよい。

Tohaku_Kano_3 ≪竹虎図屏風≫の簡略に描かれた竹の余韻が生む空気感と、左右の隻でみごとに対比をなす二匹の虎のどこかユーモラスでありながら勢いのある姿とバランス、≪竹鶴図屏風≫の、墨の濃淡が生む竹林の奥行きと靄の情緒、そこに物語を紡ぎ出すかのような二羽の鶴の静と動、Tohaku_Kano_4
≪松に鴉・柳に白鷺図屏風≫の左隻の大らかに飛翔する白鷺の羽ばたき、右隻の夫婦の対話の鳴き声が聴こえそうな、巣で雛を温める雌とそばの枝にとまる雄のくりっとした目の楽しさ、どれも活き活きとしていて形式的なⅠ章の作品を観た後にはよりその自由さが新鮮だ。

 そしてすばらしいのは牧谿の2点。≪叭々鳥図≫、≪平沙落雁図≫は、小作品ながら圧倒的な魅力を放っている。
 枝にとまる叭々鳥だけをさらりと描いた前者は、すばやい筆の動きを思わせる軽やかな筆致と墨の濃淡で、やや剽軽な表情でありながら、きりりとした気品を感じさせるみごとな造形。後者は単なる薄墨の横流しのような画面から、V字になって飛ぶ雁の姿と山河の風景が浮かび上がってくる、水墨による印象派のような作品。
 どちらも「ホゥ」とため息が出る。なるほどこの墨の濃淡と筆致に、等伯をはじめ、当時の画家たちがいかに大きな影響を受けたかがうなづける一品だ。
 ここには明らかにその跡を感じさせる狩野探幽の≪叭々鳥・小禽図屏風≫も並べて展示されており、等伯にとどまらず、当時の画壇に与えたインパクトを感じさせる。

 Ⅲ.長谷川派と狩野派―近親する表現
 展示の間に掲示されているさまざまなエピソードは、狩野派がいかに台頭してきたこの新興流派としての長谷川“派”を警戒し、敵視していたかを示す事件や記録について触れており、等伯の野心とともに、狩野派の苛立ちと焦燥がうかがえて面白い。
 実はⅡ章の≪竹虎図屏風≫も、江戸期には狩野探幽の鑑定によって周文作とされていたらしい。1970年代に等伯の筆と確定した事実を受けて、狩野派による等伯の抹消が意図されていたのではないか、とする学芸員の推理は、なかなかに刺激的だ。

 そして当然ながら依頼主である大名や寺社、(下っては)裕福な商家のニーズがある。こうした流行を作るのもまた人気絵師たちの創意であると同時に応える技量が求められる。
 ここでは、(いまひとつ“流派”としては確立しなかったと思われるのだが)等伯の一門と狩野派が、互いを強く意識していたことを、テーマと描法、画面構成から比較することで、対抗と受容の2面を観ることができる興味深い展示となっている。

 華やかな形式美を売りとする狩野派の華麗さに対抗する長谷川派の剛質な重みの金をまとう波濤図、一方より自由で独特な表現で人気を取っていった長谷川派の画題や手法を取り入れて、新たな形式を生みだす狩野派の植物画、ともに影響を与え、受けながら、ふたつの流派が切磋琢磨していた様子が、わずか2点の画題の並列によって考察されているのはとても面白い。

Tohaku_Kano_5 ≪波濤図屏風≫は、金泥の中激しい波と荒い岩が迫力ある長谷川派の得意とする分野。しかしこの金泥のきらびやかさは狩野派の様式美に通じる。そしてこの画題の依頼も多かったであろう時代に、狩野常信も≪波濤図屏風≫をものしている。流れるような曲線とかっちりした岩のその表現は、長谷川派のそれよりは勢いには欠けるものの、安定した美しさを持つ。(個人的には長谷川派の方が好みだったけれど)
 ≪藤棚図屏風≫(長谷川派)は、大胆な並列の中に蔓の曲線が動きを与え、藤棚の格子のかっちりとした直線と対をなす。その並列のパターンを活かした≪麦・芥子図屏風≫(狩野重信;前期は麦だけ…ちょっと残念)は、リズミカルな麦の穂と葉の織りなすパターンが目に心地よい秀作だ。
 
 Ⅳ.やまと絵への傾倒

 等伯の作品には、先の牧谿ら唐画の影響はもとより、日本で独自の美を生みだしたやまと絵からの吸収も指摘されている。だからこそ、晩年のみごとな作品が生まれるのだが、最後にこのやまと絵の代表的画題である「宇治橋」などから着想され、洗練された長谷川派のもうひとつの人気シリーズとしての≪宇治橋柴舟図屏風≫、≪柳橋水車図屏風≫、そしてこれもまたやまと絵の題材を用いた狩野派の≪洛中洛外図扇面貼付屏風≫(宗秀 筆)から、両派のやまと絵の受容と展開を比較しながら観られるコーナーでしめる。

Tohaku_Kano_6 銀泥の月が浮かぶ≪柳橋水車図屏風≫は、長谷川派の作品とされる江戸時代のもので、柳のパターン化された曲線が生みだす濃緑のリズムの中に、大きく左右隻を斜めに横切る太鼓橋の金が美しい屏風だが、残念ながら等伯筆の≪柳橋水車図屏風≫を『没後400年 特別展 長谷川等伯』で観てしまったあとでは、勢いに欠ける…。

 晩年には江戸に下った等伯ではあったが、狩野派ほどに流派として確立せず、どちらかというと彼一代でその輝きは褪せていく印象の強い長谷川派、そのさまざまな作品の受容とオリジナリティは、弟子に等伯を超える者の出現はなく、まさに“流派”として決められた形式による多産のシステムになったのだな、ということを感じさせてやや寂しささえ。
 そしてこれもやはり狩野派が得意とした形式美という“システム”を長谷川派も導入し、巨大派閥に対抗しようしていた姿としても見ることができる。

 雅びと絢爛、幽妙と闊達、その美についうっとりとする桃山様式の挑戦者、等伯の独特でたぐいまれな力量を改めて確認できた展覧会、それは同時に新興勢力として狩野派から煙たがられ、妨害や排除の画策さえ推理できる、作品の優雅さとは程遠い覇権争いの中で、ますます洗練されていった事実を実に生々しくみせてくれる。

 そしてその争いはどちらに優劣ということではなく、いずれの流派にも、もう一方の存在があったればこそ、影響を受け、影響を与え、互いに昇華していった末に生まれた名品たちなのだ。
 なんともゾクゾクと嬉しくなる激戦を観戦でき、刺激的な切り口と構成に拍手!
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テーマ : 絵画・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

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