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「読む」ことの新体験。“失われた愛”の物語 ―『紙の民』―

『紙の民』 サルバドール プラセンシア  藤井 光 訳(白水社)

 
 店先で装丁(とタイトル)に一目惚れして手にした一冊。
 メキシコ出身の作家の処女作とのこと。青灰色の地に、太陽系の軌道が描かれ、シルバーのエンボス加工をされたタイトルと土星のシルエットがとてもステキなカバーだ。

 あばら骨と泥の時代の後、人々はベッドの上での営みによって生み出されることとなる。ヴァチカンによって、それ以前の技術も工場も閉鎖され、修道士たちはその忘れられない知識を忘れるまで、永い永い行進を続けていく。その修道士のひとりが行方知れずになった。そして工場では、アントニオという紙細工の天才が、その行方知れずになった修道士から与えられた資料を元に、工場の在り処を訪ね、人を、その血管も臓器も、皮膚もすべてが紙で造られた人間を生みだした。ヴァチカンの公認を得ずに。
 こうして生み出された紙の女は、創造主であったアントニオの死体を超えて、工場を出て、街へと歩いていく。嵐の中、濡れた歩道に足をドロドロに溶かしながら―――。

 土くれからアダムを創造した聖書の神の物語の鏡像のような「紙の民」の創世記をプロローグとして始まる物語は、この“メルセド・デ・パペル”と名付けられることになる彼女の運命も挿入しながら、天空から人々を見下ろす“土星”(=作者)の存在に気づき、土星の監視と干渉からの解放を求めて立ち上がる花づくりで生計を立てる人々(=登場人物たち)の対土星の闘いの顛末を紡ぎだす。
 作者が設定する「紙」上に展開される、作者によって造りだされた人物たちの闘いは、どんな結末をもたらすのか――。

 うーむ…。
 なんと言えばよいか…。

 とにかく奇想天外、奇妙で奇天烈、まったく予測不可能な展開で、混乱しながらもやめられず、不可思議な世界に巻き込まれ、魅せられていく。

 土星の監視に気づき、その視線を遮るべく思考を止め、家の内部を「機会ガメ」の甲羅の銅版で覆うという闘いを挑んだエルモンテのギャングEMFのリーダー、フェデリコ・デ・ラ・フェは、“おねしょ”をきっかけとして妻メルセドに去られ、失意のうちにメキシコからこのロサンゼルス郊外の町に移住し、花摘みの労働者として新しい生活を始めた男。残された娘リトル・メルセドと共に、仲間たちと共同基金を作って生活をしている。
 
 そんな闘いの日々が、リトル・メルセドの目線、EMFのメンバーの目線、そして闘いを挑まれている土星、すなわちこの作品の作者の介入と彼の独白など、さまざまな階層で同時に記述され、語らない預言者ベビー・ノストラダムスの「無言」とともに、まさに“併記”されていく。

 同時に、メキシコからアメリカに渡り成功したセレブとしての「リタ・ヘイワーズ」の過去としてのレタス採集の男との愛や、ナポレオンの栄光と失脚の歴史的な史実への考察、タイガー・マスクとの闘いに敗れ、命を落とすボクサー サントスのエピソードなどがエロティックにかつ痛々しく散りばめられる。

 これら一見なんの関わりもなさそうな事象が、ある章は普通の物語として、またある章では、3段に分けられた同時進行形式で、ある時は一人称で、ある時は三人称で、そしてある時はメタ記述でコラージュされていくうちに、いつのまにか微妙に絡まり合い、形容しがたい多面体を構築していき、独特の世界を立ち上げていく。
 まるで素材の異なる資材で造りあげられていく、みたこともないような建築の工程に立ち会っているような。

 その効果は、物語のためだけではなく、活字のレイアウトや引用される記号や図、そして真っ黒く塗りつぶされた部分など、視覚的にも練りこまれた仕組みをもっているせいだ。
 物語の登場人物にとっては“神”である作者の登場する造りの作品も多々あれど、こんな入り込み方をした小説には出会ったことがない。
 読み、そして見ることで紡ぎだされていく世界。「読む」という行為の全く新たな体験。

 ここには、貧しいメキシコ移民たちの労働の過酷さや貧富の差が顕わされているし、キリスト教に対立し、あるいは融合していった彼らの民族的な宗教観や生死観があり、ヨーロッパ文化への憧憬と反発が見え隠れし、同時に彼らメキシコ人の激しくもどこか暢気で大らかな生き方が横たわっている。

 しかし、「物語」に通底するのは“失われた愛(女たち)”への(男たちの)哀しみと未練だ。
 フェデリコの元を去り「白い男」と暮らすメルセド、虐待を受けていた恋人サンドラの父を殺したことによって彼女に去られてしまったフロッギー、紙でできた女メルセド・デ・パペルを、その唇と舌に残された傷と共に忘れられないラモン・バレードと多くの男たち、さらにはハリウッドへ行き、自分たちの元を去ったリタ、ナポレオンの失脚の遠因となったジョゼフィーヌ、そしてカメルーンに去られてしまい、この物語を書けなくなってしまった土星――その、どこか滑稽で情けない、そしてその道化性ゆえにいつまでも癒えない痛みを全体に漂わせ、ヘンテコで可笑しいのに、泣きたくなる。 

 『紙の民』。
 タイトルはメルセド・デ・パペルという紙で造られた女だけではなく、作者によって創造されたフェデリコらであり、そして自らの痛みを小説という“紙”に記述していく作者自身、さらにはその紙に印刷されたものを読んでいる私たちであるのだ。
 その民たちの悪戦苦闘や喜怒哀楽が、愛を生み、痛みを抱え、世界を、宇宙を構築していく…。

 何より、内容にとどまらず小説の記述と配置そのものが不思議で複雑な構造を、これほどにすばらしく日本語としてつくり上げた訳者と編集者に最大級の称賛を贈りたい。

 表紙カバー裏には、実際のスペイン語での体裁が載っている。
 確かにみごとな三層構造で「土星」「リトル・メルセド」「その他の人々」それぞれの記述となっていて、原書の持つ意味合いと雰囲気を忠実に置き換えたことが察せられる。

 スペイン語なんて読めないけれど、これは原書すらもコレクションとして手元に置きたい、稀有でアートな作品だ。



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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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