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それでも「語り」きれない画家 ―『ゴヤ展』

『ゴヤ 光と影展』 (国立西洋美術館)


Goya_チラシ
 混むと嫌だな、と開館直後に行ったまま、これも昨年の残しもの。
 まだ開催中のうちに(まもなく終了だけど;汗)。もっと早くにと思っていたら、久しぶりに冬風邪にダウンした…。

 40年ぶりという≪着衣のマハ≫をはじめ、プラド美術館から来日した作品と、ここ西洋美術館の持つコレクションで構成された久しぶりの大きな個展。

 カルロス4世の宮廷画家として名声を馳せ、フランス ナポレオンの侵略により蹂躙されたスペインの民衆の姿を見て、自らは耳が聴こえなくなる病に冒されながら、住んでいた家を埋める≪黒い絵≫を生み、晩年にはボルドーで描き続け、油彩、版画、壁画と多くの作品と作風を残したゴヤ。
 基本的にスペインに生き、スペインの歴史と共に過ごした彼の作品は、宮廷画家であったことも幸いし、プラドにみごとなコレクションとして残されている。
 その幅の広さと描かれた世界の深さはあまりに大きく、多様で、今回もなんと14もの章立てによって紹介される。細切れとも思えるこの切り口も、ゴヤならばやむを得ないかな、と。

 宮廷を飾った華やかな民衆や田園風景、彼らしい観察眼を感じさせる王家の肖像画、一方で人間の弱さや醜さ、哀しさを抉りだした数々の版画集、真摯な信仰と当時の教会の腐敗をひとしく描き出した宗教画、副題とおり、光と影を等価に表わした画業を追っていく。

 個人的に嬉しかったのは、版画作品の比重が高かったこと。
 西洋美術館の持つ多くが初版のものをはじめ、長崎県美術館や東京富士美術館のものも含めて、プラドの誇るコレクションを補完し、代表的な作品だけではなく、バリエーションや版画集としての内容が感じられるボリュームなのが嬉しい。
 また、プラドからは貴重な素描も来ている。

 とはいえ、そのため会場全体はなんとなく色彩にはとぼしく、最近の当館の展覧会の特徴であるかなり「渋い」巨匠展となっているか。

 1 かくある私―ゴヤの自画像
Goya_1 ゴヤの筆跡を見られる書簡と、代表的な版画集≪ロス・カプリーチョス≫の最も有名な「1番 画家フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス(自画像)」と「43番 理性の眠りは怪物を生む」と油彩の≪自画像≫(たしか聴力を失った大病直後のものではなかったかと)ではじまる、プロローグ。
 そこから振り返ると、

 2 創意と実践―タピスリー用原画における社会批判
 で、華やかな色彩のタピスリー原画が見える。

Goya_2 ≪日傘≫が眼に入った瞬間、プラドの展示会場の風景がよみがえる。この時期のものは、それほど好きではないのだけれど、それでも飾られていた場所と空気を忘れていなかったのが嬉しかった(笑)。

 当時の流行の衣装で、付き人に日傘をささせてほほ笑む女性は、まだどこかあどけなさを残しながらも、気位の高い美しさを持ち、私たちの方に意味ありげな視線を送る。古典的なタッチの背景に、ドレスの白、黄色、青、付き人の赤、日傘の緑、そして膝に丸まっている猫の黒と、とてもカラフルな色が配されているのに、落ち着きがある。

 ≪木登りをする少年たち≫、≪マドリードの祭り≫、≪目隠し鬼≫など、宮廷の壁を飾るタピスリーの原画として描かれたこれらは、街や庶民の風俗を明るい空気の中に描いているが、同時にどこか批判的な視線が込められている。
 ここではもうひとつ≪猫の喧嘩≫が、激しく毛を逆立てて威嚇しあう猫の生態が迫力のある一枚が印象的だ。

 3 嘘と無節操―女性のイメージ:<サンルーカル素描帖>から私室の絵画へ
 この章では、素描と≪ロス・カプリーチョス≫の版画から、彼が描いた女性のイメージを追っていく。

Goya_3 その姿は、章タイトルの通り、<性>を基底とし、嘘と無節操によって、男性をたぶらかし破滅へとさそい、同時に男性の<商品>として生きる、あるいは悪魔と契約した魔女としての女性が、魅力と嫌悪のないまぜになったイメージとして焼きつけられる。

Goya_4
 油彩≪洗濯女たち≫も、一見すると、洗濯の合間に憩い、いたずらをしているにこやかで穏やかな風景になっているが、彼女たちも当時には風紀を乱す存在として認識されていたことを考えるとき、その作品が持つ毒が、その華やかさゆえにいっそう抉られてくる。

 そうした淫靡なイメージの終りに、今回の逸品≪着衣のマハ≫が置かれている。
 豊満な肢体を強調するように横たわり、両腕を頭の背後に組んで、挑発的な視線でこちらを見つめるマハは、ある意味≪裸体のマハ≫よりも悩ましいエロスを放つ。

Goya_5 宰相ゴドイの私室(寝室)に並んで飾られていたというエピソードを含め、その制作年代も、モデルの正体も現在に至るまでさまざまな憶測を生んでいる。

 しかし本当に美しい…。
 トルコ風の衣装は、シルクの光沢を思わせる白にサッシュのピンクが輝き、細く引き締まったウエストを強調する。肩に羽織ったボレロは金地に黒のレースで、くっきりした黒髪と黒い目、眉と呼応する。ピンクの頬と両端が持ちあがった唇がキュートな色気を出している。
 よく観ると微妙に脚の位置が人体として不自然なのだが、それがこの妖しい美女の魅力的なバランスを造る。

 絵の前にいる私たちの方がドギマギしてしまう、そんな強さが、ゴヤの持つ女性への賛美と軽蔑と怖れと憧れを体現した一枚。
Goya_9
 ああ、やっぱり≪裸体のマハ≫と並べて観たい…。
 (ちなみに今回のカタログでは、来日していない≪裸体のマハ≫も掲載されている。特に薄紙に印刷したそれを、≪着衣のマハ≫に重ねて見られるようにした趣向はなかなか粋な造りだな、と)
 
 この後は、<ロス・カプリーチョス>を中心に、彼が見出した人間の闇、影、醜悪さ、愚かさ、そして弱さ、哀しさなど、自身を含めての厳しくて皮肉な人間観や、当時のスペインで恐れられると同時に強固に残っていた魔女・悪魔崇拝といった、前近代的な非合理なものへの批判や風刺が感じられるコーナーが続く。

 4 戯画、夢、気まぐれ―<ロス・カプリーチョス>の構想段階における自由と自己検閲
 5 ロバの衆:愚鈍な者たち―<ロス・カプリーチョス>における人間の愚行の風刺
 6 魔物の群れ―<ロス・カプリーチョス>における魔術と非合理


 時代や風俗、そして仕えていた王家までも、冷徹な視線でとらえていたゴヤにとって、理性と非理性の人間のあり方が、非常に重要なテーマとなっていく。
Goya_6 現実と夢、権威とそれに踊らされる人間の虚栄と奢り、無知ゆえの愚行、信仰と魔術、教育や文化が成立している階級と、そうではない庶民の格差、それを見つめるスタンスを崩さなかったゴヤだからこそ生みだすことのできた作品が並ぶ。
 愚かな人間をロバに譬えて描かれたもの、闇の空を浮遊する醜い魔女たち、それらは、時にユーモアを交え、時に辛辣な皮肉を込め、時にぞっとするような不気味な怖さを含んで、あまりにも迫力があり、(観ているときは無言なのだけれど;笑)言葉を失う。

Goya_7 油彩≪魔女たちの飛翔≫は、3人の半裸の魔女がとんがり帽子をかぶり、一人の若者を抱えて飛翔し、道行く人々はそれを避けるように地にうずくまり、上着を頭からかぶって彼女たちの視線を忌避している。

 中世から近代へ、非合理な世界から合理の啓蒙の過渡期に、そうした暗黒の因習がどのようなイメージを持ち、どのような対処法を彼らが行っていたのかを感じさせる一枚は、真っ暗な背景に輝く魔女たちの白い裸体が無音の怖さを湛えた作品。小品ながら、インパクトあるものだ。

 7 「国王夫妻以下、僕を知らない人はいない」―心理研究としての肖像画
 ここはそんなゴヤが、宮廷画家としてその地位を確固たるものにしてもいたことを改めて認識させるみごとな肖像画のコーナー。

Goya_8 ≪赤い礼服のカルロス4世≫、≪マリア・ホセファ内親王≫をはじめ、彼の描く肖像画に惹かれるのは、その円熟期ともいえる描法や写実のすばらしさとともに、ゴヤならではの冷徹さを失わず、肖像画の持つ役割としての威厳を持ちながらも、どこかその人物の裏側を感じさせるような、内面がにじみ出ているからだ。

 彼よりもちょっと前の天才宮廷画家、ベラスケスもそうなのだが、スペイン王家の抱えた画家は、決して美々しいだけの肖像画にとどまらない。どこか支配するものと支配されるものとの、光と影の存在を思わせる、奥の深い作品が多い。
 そのためか、彼らの描く肖像画は、とても魅力的で記憶に残る。
 また、制作された時代を考えると、描き方や色彩の置き方が、とても先進的であることに驚かされる。
 今回も、≪マヌエラ・ゴイコエチェア≫や≪アブランテス公爵夫人≫などには、まだ生まれていない印象派を思わせる、光や衣服の質感の捉え方を感じて、改めて唸らされる。
 
Goya_10 啓蒙主義の政治家を描いた≪ホベリャーノスの肖像≫では、ちょっと気難しさと憂いを秘め、近代への改革の意識を以って国政に関わっていたこの政治家の特徴をとてもよく感じさせる。グレーの毛皮の上着、黒のパンツで、シンプルながら豪華な衣装で、肩肘をついた姿には、ゴヤの敬愛の気持ちがとてもよく出ているようで、お気に入りの一枚。

 8 悲惨な成り行き―悲劇への眼差
 8章ではナポレオンのスペイン侵攻、およびスペイン独立戦争の惨劇を目の当たりにした彼が、≪マドリード、1808年5月3日≫の傑作をものした後に、着手した<戦争の惨禍>のシリーズが観られる。
 西洋美術館に所蔵されている初版作品も多く、プラドからのものと含め、これほどまとめて観られる機会はあまりないかもしれない。
Goya_11 その目を覆いたくなるような残酷で悲惨な風景は、戦争という極限状況で見せる人間の残虐な行為を、覆い隠すことなく暴露する。
 そこには戦争に対するという以上に、人間が根源に持つ愚かさと残酷さに対するゴヤの激烈な怒りを感じる。だからこそ時を経て、時代を経てなお、私たちに強く訴えてくる。 
 
 9 不運なる祭典―<闘牛士>の批判的ヴィジョン
 スペインの代表的な興業のひとつである闘牛。老若男女、貴賎を問わず人気だったこのイベントにも、ゴヤは鋭い視線を注ぐ。

Goya_12 死と隣り合わせの危険さゆえに、人々を熱狂させる闘牛の悲惨な事故を描写するこれらの版画集<闘牛士>は、その栄光と華やかさよりも、悲劇性を強く感じさせ、光と影のアンヴィヴァレントな要素をみごとに融合させている。

 10 悪夢―<素描帖C>における狂気と無分別
Goya_13
 人間の闇を突き詰めれば、それは狂気の世界へと繋がる。人間のたくましさと美しさを、民衆の愚かさと戦争の残酷を、理性と悪夢を等価に見つめ続けたゴヤがそのはざまに見出したのかもしれない幻影の素描画が観られる。
 <ロス・カプリーチョス>の後、<戦争の惨禍>との間に描かれたこれらは、当時の彼の心境をうかがわせて興味深い。

 11 信心と断罪―宗教画と教会批判
 ゴヤの批判精神は、信仰に対しても向けられる。人々の敬虔な信心を想う一方で、教会の腐敗や、近代啓蒙主義への頑迷な批判や弾圧にも彼の告発は容赦ない。

 その国民性もあるのかもしれないが、彼よりも先の時代、厳しいキリスト教信仰と異端審問による異教徒の弾圧が激しかった歴史を持つスペインでは、宗教も光と闇の極端な振れ幅が大きかったように思われる。

 ≪無原罪のお宿り≫、≪若き洗礼者ヨハネ≫などの、美しい宗教画と同時に展示される素描≪口をすべらせた咎により≫や≪死んだ方がましだ≫といった作品は、行きすぎた教義の暴力性と権威として人を支配する教会の横暴と圧力を暴きだす。

 マドリッドにあるゴヤの墓所は、天蓋のドームをゴヤの作品が飾っている。信仰の在り処は否定せず、そこに関わる人間の腐敗をこそ批判の対象としていたゴヤの近代精神を、その天井画を思い出しながら(写真を撮ってはいけないと知らずに教会の老女にひどく怒られらことも;苦笑)改めて認識する。

 12 闇の中の正気―ナンセンスな世界の幻影
 もうひとつの代表的な版画集<妄>の作品を観られる章。

 作品の発表は彼の死後、未完として出されたらしい、最後の版画集だが、そこに描き出されたものは、明確な具象でありながら、なんとも不思議な世界となっている。それぞれに付されたタイトルから拡がる多様な解釈は、まるでシュルレアリスムのような不気味さと非現実性を帯び、いずれもにゴヤ特有の皮肉と揶揄が表現の先進性と共に感じられる。

 原題は「ロス・ディスパラティス」と言われているようだが、日本語の「妄」はとてもよい訳だな、といつも思う。
 描かれているものの意味づけの困難さと、作品の持つ影の要素から、一番気になる作品集だ。
 これまたマドリッドの図書館(だったか?)の奥にひっそりと展示された彼の版画と原版のコーナーに出会い、ほとんど人のいない空間で堪能できた偶然の僥倖を思い出していた。
 
 13 奇怪な寓話―<ボルドー素描帖G>における人間の迷妄と動物の夢
 14 逸楽と暴力―<ボルドー素描帖H>における人間たるものの諸相

 最後の2章は、最晩年の素描。

 ボルドーのはずれで描かれたそれらは、どちらも人間のさまざまな相を、生と死、光と影、知と愚のすべてを含ませて、「人間」というものを暴きだす。
 それは残念ながら美しくもなく、輝かしいものでもなく、むしろ彼が到達した哀しい人間の闇の方が勝っている。しかしそれらがとても強い印象を我々に与え、単なる絶望に彩られることがないのは、人間の超えられない醜い本性や愚かな行いを、共に感じ、探究し続けたゴヤの衰えることのない好奇心と表現への渇望であるからなのだろう。

Goya_14
 ≪蝶の牡牛≫、≪空を飛ぶ犬≫などの動物たちの夢、≪スケートをする修道士≫、≪必死に喧嘩する二人の大男≫などに観られる、どこかユーモラスな愚かさを持つ作品は、現実と幻想をまたいで、大きく飛翔する、まっすぐでありながら、ちょっとひねくれたゴヤの創造力を見せつける。

 たくましくて繊細、激しくて冷徹、尊大で敬虔、皮肉屋で実直、理知的で情熱的、スペインのカオスそのもののようなゴヤ、語るのがなんとも難しい画家だ。

 版画と素描でお腹いっぱいになったものの、いまひとつ贅沢を望むなら、≪黒い絵≫の一枚でもよいからここに並んでほしかったな、と。
 プラドの一角で膝が震えたあの塗り込められた絶望の作品を経て、それでも描き続けた彼の素描を観てこそ、「ゴヤ」を感じられると思うのだけれど。
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テーマ : 絵画・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

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