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見えないことの恐怖、見ないことの罪 ―『となり町戦争』―

『となり町戦争』 三崎 亜記 (集英社文庫)


 ちょっと前のすばる新人賞受賞。
 『海に沈んだ町』『廃墟建築士』で、すっかりお気に入りにとなった三崎氏の初期長編作品。

 通勤のために住み始めた舞阪町で、「僕」はある日、町内の広報誌からとなり町との戦争が始まることを知る。
 引っ越してから2年、周りに知り合いもなく、町に対しても強い思い入れもない彼が、まずはじめに案じたのが通勤は大丈夫なんだろうか、ということ。
 そんな中で確実に戦争は始められ、大きな衝撃も戦争を目の当たりにすることもなく日々は過ぎ、毎月2回配られる広報誌の隅で、戦死者の数字だけが増え続けていくある日、「僕」は役所から敵地(つまりはとなり町)の偵察業務への従事を命ぜられる。
 役所での任命式の後、その職務を言われるままにこなしていた「僕」は、さらに役目を付加され、職員の「香西さん」と仮の夫婦としてとなり町での生活を始めることになる。
 戦争はなぜ起こったのか、どうなっているのか、自分の役目とはなんなのか、「僕」の実感のないままに「戦争」は続けられ、進行し、やがて終わりを迎えるのだが―――。

 まるで下水道工事のお知らせのように広報誌に小さく告知される戦争、そして町民の方も大きな衝撃も、準備や心構えもなくなくなんとなく受け止める現実、役所が発表する死者数は確実に増加しながらも、日々の生活にはさしたる変化もない「戦争」…。
 それは、コンサルタント会社やさまざまな業務請負会社との契約によって、町の公共事業として遂行される、行政の一環として描かれる。
 まさに道路工事や建設事業、あるいは町起こしの一環のように粛々と進められる「戦争」。しかし確実に戦闘志願者はおり、死者は増え、遺族は存在しているのに、それらを実感することのない現実。

 著者の得意としているどこか現実とは位相をずらしながら、それでいて限りなくリアルなもうひとつの現実…。

 しかしシステム化され、事業化したこの「戦争」の形は、まさに私たちの世界に起こり得る可能性を孕み、現代の狂気の最たるものとしての強烈な皮肉と恐怖に満ちている。(本文中にやけに詳細に作成され、挿入されている役所の任命書やマニュアルもシニカルなユーモアを添えてなおそれを強化する)

 それゆえに、ひとりの人間としての良心と良識を持ち合わせているはずの「僕」の目を通して語られるこの「戦争」は、当事者として巻き込まれ、戦死者が出ている事実に痛みを覚えながらも、どこか無責任な第三者的な彼のスタンスとともに、その悲惨さも激しさも見せず、姿を明らかにしない、少しも実感を与えられない「見えない戦争」として、そのまま読者のもどかしさと、突きつけられる手痛いほどの自身の無関心さを呼び起こす。

 物語は大きな展開も事件もなくて、「僕」は、任務に関わっていた人の死を聞き、あるいは死体を遺棄する現場らしいシーンに遭遇するものの、それらを目の当たりにすることはないままに、結局「香西さん」との淡い恋愛と別れを通じてその“喪失の痛み”を実感するのだが、だからこそ残される“リアル”がある。

 報告書をポストに投函するだけ、偽装夫婦として何気ない日常をとなり町で送るだけ、こうした彼の行動が、戦争にどんな効果を及ぼしているのか、本人は実感できないままに戦争に加担している事実。
 
 それは私たちの日々の生活にも充分に考えられ得ることで、見えないことが与えている影響や損害を我々は感じずに生きているかもしれないのだ。そう、実際に見えないところで戦争は起こっているのかも知れないのだ。

 物語中、並行されるやや唐突にも思える通り魔事件のエピソード。
 犯人と思しき「僕」の上司の壊れた人格は、外地での悲惨な戦争で妻と子を失い、自身も人を殺すことで生き、そこにしか生を感じられなくなったもうひとつの狂気として描かれながら、この実感させずに戦争を遂行させる行政の作為や欺瞞が、人々の無関心さや無知(知らないこと/見えないこと)を利用している“現実”に対し、唯一の「血を流す現実」というアンチテーゼとして機能している。

 文庫版にだけ収録されてたというボーナストラックは、作品としてはまあなくてもよいかな、と。
 ただ、

   「戦争と日常とを切り離して考えてしまうのは、とても危険なことだと僕は思う。
    今のこの一歩が、果たしてどちらを向かっているのかを自覚しないままに生きる
    ことになるからね」


 と、「私」が反芻する、かの「となり町戦争」で戦死した恋人の言葉がこの作品のすべてを物語っているか。 


 私たちの「想像力」がこうした狂気や悲劇を喰い止めるひとつの大きな力である。

 静かに始まり静かに終息した「となり町戦争」、その捉えどころのない恐怖と哀しみは、そんなメッセージを残す。


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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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