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「手紙」が紡ぎ出す多様な「物語」 ―『フェルメールからのラブレター展』

『フェルメールからのラブレター展』 (Bunkamuraザ・ミュージアム)

Vermeerチラシ_1
 相変わらずの事後レポートだが…。

 今年もまた渋谷でフェルメールに出逢える!
 まさに昨年この場所で、フェルメールの前で、東北を壊滅的にした地震に遭ったのだった(幸いに都心部はそれほど大きな被害ではなかったのだが)。
 さすがにちょっと気持ちが向かず、ほぼ一年ぶりの来訪。
 
 フェルメールのための展覧会、他はアリバイ的にしかないものと思いながらも、やはり「手紙」をモチーフとした3点を並べて観られる機会には勝てない…。



Vermeerチラシ_2 今回はチラシも洒落ている。
 デザインはワンパターンながら、微妙な配色の変化で、3枚の作品を美しく刷り分け、思わず全種類集めたくなる造りで、彼の静謐なイメージを伝える(タイトル合わせやや甘過ぎるきらいもあるが…)

 航海技術の発達により世界の海へ進出、東インド会社を設立して貿易で経済発展を遂げていたオランダでは、文化の担い手が教会や王候から新興ブルジョアジーたちへと移行していく。彼らの商社や自宅を飾るそれらは、宗教的主題や肖像にとどまらず、彼らの富や商業の象徴や日常生活の情景などを主題としたものが多く生み出されていく。
 オランダに独特のジャンルを確立した絵画作品の中から、人々の生活水準の向上と共に発達した郵便システムに注目、「手紙」が生み出したコミュニケーションのあり方と、そこから見えてくる彼らの想いや日々の営みを見ていく展覧会コンセプト。
 繊細で、当時の文化水準の高さを感じさせる切り口だ。

 4つの章立てで17世紀オランダ絵画黄金期の作家たちの作品から、当時の生活空間を形づくり、フェルメールの3点へと集約させていく。

 人々のやりとり―しぐさ、視線、表情
 一見さりげない日常を描いているような風俗画も、この時代はすべて画家のアトリエで構成、作成され、その表現世界には当時のオランダにおける教訓やことわざ、格言といった教育的な示唆がこめられていることが多い。
 光と影とが同時に存在したそれらの意味するものを、生活空間の風景とともに感じられる章。
 
 主に宿屋や酒場での情景に多く描かれた人々の姿は、たくましくしたたかで、陽気で愚かで、生命力にあふれる人間の生そのものを、画家たちの鋭い省察の元にあらわにする。

 デ・ホーホの≪トリック・トラック遊び≫、≪女と召使い≫をはじめ、コルネリス・ベーハ≪酒場の情景≫、ヘラルト・テル・ボルフ≪眠る兵士とワインを飲む女≫など、生が性を孕んだ当時の宿屋や酒場の風俗を、男と女の駆け引きの姿を、細密な描写で表した作品たちが並ぶ。

Steen しかしここで最も目を惹くのは、ステーンの≪生徒にお仕置きをする教師≫の一枚。
 近所の子供たちを集めた塾のような部屋の一室で、ひとりの生徒の手に木のスプーンのようなものでお仕置きを加える先生。
 受けている生徒は大粒の涙を流し、それを見守る周りの生徒たちの意地悪な表情やその痛みを想像しているような不安げな表情、それよりも自身の回答を早く見てもらおうとしている者、奥では一生懸命問題を解いている者、子供たちの活き活きとした姿が凝縮された画面いっぱいに描かれる。
 壁にかかるさまざまな日常品や彼らの着衣の質感もみごとで、教室のざわめきが聞こえてきそうな臨場感と、画家の温かい視線に満ちている。

 家族の絆、家族の空間
 オランダで独自の発展を遂げた室内画は、その細密で幾何学的な安定した構図と光の中、温かい家族の肖像をはじめとして、親子の姿、主婦の日常の家事にいそしむ姿から、来訪者との意味深な交流、そして召使との微妙な関係など、そこに描かれた情景にとどまらず、さまざまな「物語」を含み、観る者を魅了する。

 ここでは、最も親密なコミュニケーションの対象としての家族とその空間を観ていく。もっとも17世紀オランダ風俗画らしい作品が並ぶ章。

Bray ヤン・デ・ブライ≪アブラハム・カストレインとその妻マルハレータ・ファン・バンケン≫は、当時でもかなり裕福な階級であっただろう商人の肖像画。背後の地球儀と、脇におかれた書物が、その知識と見識の広さを暗示する。ともに質の高い黒い衣装に身を包んだ夫妻は、さりげなく手をつなぎ、夫の方に身を寄せて笑顔を送る妻の視線が、両者の愛情と頼りがいのある夫への信頼感を現わしている一枚。

 このほかヘンドリック・マルテンスゾーン・ソルフの家族肖像画やルドルフ・デ・ヨングの室内画もあるが、やはりここでも印象的なのは、デ・ホーホの2枚。

de_Hooch いずれも日常の中の母と娘を描いた小さな作品だが、≪中庭にいる女と子供≫は、夕方近い午後を思わせる空気の中、洗濯物(?)の籠と壺を持つ母と、虫籠(?)を持つ小さな娘が静かに語りながら中庭を横切っていく場面を描く。奥のあずま屋では数人の男女が語らっているが、その声は母娘まで届かない。全体に流れる穏やかな空気が、母娘の情愛をみごとに一枚の静止画として残している。すべてが抑えられた色彩の中、母のスカートの赤と、エプロンおよび少女の衣装の白が効いている。

 もう一方の≪室内の女と子供≫は、オランダ特有の幾何学タイルの床がある室内で、デカンタを娘に手渡す母の姿が描かれる。奥の部屋に差し込む光は午前中を示すのか、そして片づけられた部屋は掃除を終えた母が娘に水を入れてきてくれるよう頼んでいる情景を示すのか、こちらもふとした生活の一場面を切り取りながら、ストーリーを感じさせる作品。

 手紙を通じたコミュニケーション
 当時のオランダは識字率がとても高かったらしく、貿易と市民階級の隆盛により、手紙の文化が発達した時代でもあった。こうした背景から画家たちの作品にも、手紙を読む姿が多く残されている。特に女性が手紙を読む姿には、愛の寓意が込められ、それは妖しい禁忌すら含んでさまざまに作品に昇華された。

 まさにその嚆矢たるフェルメールの3作品を中心として、「手紙」をテーマとした作品を観ていく章。

 ≪手紙を読む青衣の女≫を中心に、右に≪手紙を書く女≫、左に≪手紙を書く女と召使い≫を配した空間は、空気が変わる。
 まさに“静謐”としか言いようのない一画。観覧者がいても変わらぬその静けさは、改めて作品がもたらす力を感じさせる。

Vermeer_10 輝きながらも淡い光の中、そのまま消えてしまいそうなはかなさと、同時にしっかりとした存在感を同居させた≪手紙を読む青衣の女≫。修復後で、そのくすみが除かれて、より美しい色彩を取り戻したこの作品は日本初公開。

 思わず祈りたくなるような清冽な美しさに、言葉を失う。
 背後に飾られた世界地図、身重を感じさせる女性のふっくりとしたシルエットは、航海に出ている夫からの便りを、不安と安堵の綯い交ぜの気持ちで開封しているのか…。
 白い壁、鮮やかな水色の衣、その明るさを引き立たせるような椅子の濃紺、そして地図とスカートに繰り返されるベージュのハーモニー。離れて観てもこの一枚はおのずから光を放っているようだ。

Vermeer_11 上品に沈んだ部屋の中で、豪華な毛皮つきの黄色い衣装に身を包んだ女性が、ふと手紙を書いていた手をとめてこちらを見た瞬間を描く≪手紙を書く女≫。

 おでこの広い、どこか幼さを残しながらも、愛され、生活も安定している女性としての豊かさと誇りを備えた美しさを持つその表情に魅了される。
 彼女の前方にあることを感じさせる窓からの光は、スポットライトのように女性を照らし、髪につけたリボンと、真珠のピアスに、フェルメール独特の“てんてん”の白い輝きを与える。
 テーブルに置かれた真珠の鎖、細工の入った小箱は、その衣装と共に女性の地位を暗示し、羽ペンを持つ典雅な手元は、彼女の教育の高さと知性を示す。なんと優雅で気品に満ちた一枚か。この作品、本当に好きだなー。

Vermeer_12 そしてこの2枚に比べると、残念ながらややその気迫には欠けるものの、フェルメールの天才をその筆致のみごとさで感じさせる≪手紙を書く女と召使い≫。

 窓から差し込む光がくっきりと室内を照らし、堅固なタッチで情景を描き出したこの作品は、描かれた情景の持つ「物語」が最も多様性に富み、意味深な寓意を含んでいる。
 わき目もふれず一心に手紙を書く女主人、その後ろでどこか白けた表情で書き上がるのを待つ侍女の姿が、観る者にさまざまな解釈の可能性を示唆する。
 テーブルの手前に投げ捨てられたように置かれた開封された手紙、その脇に転がる封蝋、乱れた椅子の位置、ため息が聞こえそうな窓の外を見る召使いの不遜な表情。
 恋人からの手紙にはやる気持ちを抑えて返事を書いているのか、来なくなった不実な愛人に非難の手紙を綴っているのか、どこか背徳の雰囲気すら感じさせる情景を、澄んだ光が照らし出している。
 女主人の白いブラウスに当たる光が生み出す質感、窓にかかった白いカーテンを透かして届く外光、ペンが紙を擦る音が聞こえてきそうな手元、テーブルに掛けられた布の文様と素材の手触り、平面ながら3Dのような立体感に圧倒される。
 手前左はじに配された分厚いカーテンは、まるで見てはいけないプライベートなシーンを覗き見ているような印象を観者に与え、ますます意味深さを増す。

 この3作品だけで、手紙にまつわる一作の連作短編小説を紡ぎたくなるような、静かなのに饒舌な、満たされているのに謎の多い、静止しているのに動き出しそうな、豊穣な世界に浸れる。

Mieris_the_Elder このほかフランス・ファン。ミーリス(1世)の≪手紙を書く女≫(これも上品な一枚)や、トロンプ・ユイユ的な静物画エドワールト・コリエル≪レター・ラック≫などとともに、当時の手紙の形態や現存する手紙本体なども展示され、文化としての手紙のあり方を感じさせるよう工夫されているが、フェルメールでお腹いっぱい、となってしまう…。

 職業上の、あるいは学術的コミュニケーション
 最後の章では、読み書きの能力が重視された知識層や職業の世界における人々の肖像により、庶民の日常とはやや異なるジャンルでの“コミュニケーション”を絵画として見ていく。

 正直なところ、前章のフェルメールで満足してしまうので(企画者の方、すみません…;汗)、おまけの感じが強くなってしまうが、学者や薬剤師、弁護士など、当時の知識人の姿が、その尊敬にとどまらず、≪弁護士への訪問≫(ヤン・ステーン)などのように、悪徳の面からも描かれているのが、オランダ絵画らしく楽しめる。

Lievens 作品としては、ヤン・リーフェンスの≪机に向かう簿記係≫が、白い髭の質感、顔に刻まれた皺と、衰えながらも厳しさを失っていない眼に見られる人間性をシンプルに描き出していて、印象に残った。
 また、ヘリット・ダウの≪羽ペンを削る学者≫、≪執筆を妨げられた学者≫が、レンブラントの門弟というだけあって、その安定した構図、みごとな筆、テーマの面白さと、学者たちの表情の雄弁さで、秀いでている。この2作はハガキになっていないのが残念。

 フェルメールを(「手紙」をテーマに)3点一挙に観られるというのが最大のウリの展覧会。
 できれはこの3点、一面の壁に文字通り「並べて」観られるとなおよかったかな、と。(会場では3面の壁に飾られていた;これはこれで一枚一枚個別に楽しめるのだけれど)
 個人的にはステーン、デ・ホーホの作品に多く出逢えたのは嬉しかった。

 昨年の『フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展』よりは、テーマが集約されていたせいか、作品のクオリティが(格別に高いものではないながら)揃っていたように感じる。
 ただ、テーマが集約していた割には、全体を通じたコンセプトの提示については、『フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展』の方が優れていたかな、とも。(流れの中にフェルメールを置けた、という意味で)
 フェルメール作品を頂点として、「コミュニケーション」が「読み書き」にずれていった…このため、フェルメールだけがより強調され、ボケてしまったような気が…。
 細やかなコンセプトだっただけにそれがちょっと残念。

 今年はまだフェルメールに出逢える機会が待っている。
 これもやはり(客寄せパンダと思いつつ)パンダに惹かれて足を運んでしまうんだろうな…。
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テーマ : 絵画・美術
ジャンル : 学問・文化・芸術

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