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引きずり込まれる「混沌」のアブナイ快楽 ―『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』―

『メルラーナ街の混沌たる殺人事件』 カルロ・エミーリオ ガッダ  千種 堅 訳(水声社)

 
 いっときの読書を思いっきり滞らせてくれた一冊(笑)。

 「イタリア・ポストモダン小説の金字塔、40年ぶりの改訳決定版」の帯と、ブラックに赤いアール・ヌーヴォー調の葉の装丁、そしてこのタイトル(しかも殺人事件!)、千種氏の訳で、迷わず購入したものの…。

 時はムッソリーニの独裁政治下のローマ。裕福な人間たちの住むメルラーナ街二一九番地にある高級アパルトマンで起きた宝石の盗難事件。それから日を置かずやはりそのアパルトマンの別の一室で起きた凄惨な殺人事件。
 ローマ警察の敏腕刑事イングラヴァッロ(通称ドン・チッチョ)は、優秀な部下を配してこの殺人事件を追う。

 通称のとおり、ずんぐりした体型ともじゃもじゃの黒髪を持つドン・チッチョは、残念ながら颯爽と事件を解決する美しきヒーローではない。しかし剛腕な捜査能力とともに独自の哲学的思考を併せ持った人物。
 ムッソリーニの親衛隊にほとんどの装備を奪われつつも、彼の指揮下、ローマっ子刑事たちは猟犬のごとく事件の解明へと迫っていく……の…だけれど……。

 詳細に語られるアパルトマンの構造、好き勝手に語る住人たちの人物描写、やがて浮かび上がっていくる緑色のマフラーをした男の行方や、殺害された夫人のいとこへの懐疑、マフラーの男に関わっていた美しい浮浪女性、そこから憲兵隊の人間も捜査に介入してきて、対立しつつも共同捜査となり、女の証言を追ってたどり着いた小屋で見つけられる盗難リストに載っていた宝石の数々…。

 と、一応事件解決の兆しはありながら、物語は、ドン・チッチョの殺害されたブルジョワ夫人リリアーナへの密やかな恋心と殺害に受けた衝撃や、容疑者のひとりとして挙げられた彼女のいとこの美青年ジュリアーノへの嫉妬、さらにはリリアーナが抱えていた悩みや彼女の一族の歴史、憲兵隊がたどりつく娼館まがいの染色小屋の“魔女”と呼ばれる老女の話から、そこに働きに来ている女の家のそばを通る鉄道の薀蓄へ、果てはそこで放し飼いにされる鶏の動きの描写、はたまた参考人として捕えた若い女二人の容姿に関する喧嘩などなど、マクロからミクロへ、人物からモノへ、取り留めもなく綴られて、それらはストーリーの厚みを増すどころか、進行は脱線、混迷を極め、いったい誰がどの発言をしているのか、事件に関連する記述はどこからどこまでなのか、ぐるぐると翻弄され、気がつくと勝手に閉じていた…。

 「えっ……?!ペ、ページがないっ!!」

 まさに茫然。
 こんな読後ははじめてだ。

 「ちょっとー!ここまで引きずり回しといてあんまりじゃない?!」

 と、瞬間怒りに叫んだものの、思い返せば取っ組み合っている間はどうやら面白かった…?…みたいで(笑)。
 うーむ、なんだこの消化不良なのに食べずにはいられないようなアブナイ誘惑と、クセになりそうな強烈なインパクトは。

 この悪巫山戯のごとき肩すかしが、ガッタの面目躍如たる才能なのだろう。
 それぞれのエピソードは実に細密に、知的に、そして恐るべきこだわりと強迫的もいえるくどさを持ちながら、実に軽妙にユーモラスに、時にエロティックに語られる。
 さらには処々に、あるいはドン・チッチョの口を借り、あるいは「神」である著者のダイレクトな割り込みによるファシストへの激烈な怒りや批判がアイロニカルな表現で吹き出して、ますます“筋”としての構造は唐突に脱線するのだが、この激しさも時代性を考えると非常に危うい立場であり、ドキドキさせるし、当時のイタリアの文学のひとつの在り方を見せており興味深い。

 そして決してヒーローでないドン・チッチョが何ともユニークで魅力的であり、他の人物もそれぞれの階級や環境の中でのイタリア人気質を感じさせる群像として活き活きとしているし、街や村の情景も色、音、匂いを感じさせるリアリティにあふれている。
 だからこそ物語の混沌が、捜査のドタバタ劇が、文字を追っているだけの読者にも伝播して、振り回される。

 訳者千種氏のあとがきによると、この作品にはイタリアの中でもそれぞれの地方が持つ方言がちりばめられており、そのあたりのニュアンスを日本語にするのに苦労があったとか。
 その点ではおそらく(決して読めないけれど)原文で当たっている方がよりこの悪魔のような魅力に取りつかれることになるのだろう。(結局バラバラに引きちぎられたのだが;苦)筋を追うのに必死だった私にはその楽しさまでをくみ取りきる余裕はなかったのだけれど。

 40年前の初訳のタイトルは『メルラーナ街の怖るべき混乱』。
 改題について冒頭で訳者は内容を正確に伝えていないのではないかと判断したと語っている(原題のイタリア語がすでに曲者らしい…)。
 確かに「殺人事件」に惹かれるところ大だったが、読み終えてみれば個人的には初訳のタイトルの方が、作品を包括しているような気がしている。

 いつか再読してやるっ!と喧嘩ごしにつぶやいて、書棚に収めた愛すべき問題児。


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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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