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ブリティッシュ・テイスト満載の極上歴史ミステリ ―『時の娘』―

『時の娘』 ジョセフィン・テイ   小泉 喜美子 訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 
 安楽椅子探偵の古典的名作が、嬉しい表紙にもどって25刷目(!)として刊行された。

 ここに使用された肖像画は、リチャード3世。
 王位を得るために甥の2王子をロンドン塔に幽閉し殺害、姪との婚姻を画策するなど、冷酷非道な行いで悪名高き王としては、このロンドン・ポートレート・ギャラリーにある模写(存命中のオリジナルは消失らしい)である有名な肖像画、あまりに静かで思慮深く、憂愁をたたえた悲しげな瞳が印象的な、上品な王族として描かれている。

 もちろん、王族を、ましてや見合い写真の代わりとして描かれたとされるものが、悪い点を強調して描かれるはずもなく、修正が施されていたとしてもおかしくはないのだが、せむしで醜悪だったために、ひねくれた性格になったとも造形されるリチャード3世のイメージとはあまりにもかけ離れた凛とした美しさを持っている。

 犯人追跡中にマンホールに落ちて足を骨折したグラント警部(けっこう間抜けな怪我だ…)は、入院中の退屈を紛らわすために、女友達の女優マータが見舞いに持ってきたこの肖像画の絵葉書に、リチャード3世の悪評とのギャップを感じ、そこから400年前の殺人事件を推理していく。
 果たしていたいけな2王子を残酷にも幽閉、殺害し、その死すら公表しなかったのは、ほんとうに叔父リチャードだったのか――?

 看護婦の持っていた子供向けの歴史教科書から、当時の大家が著した歴史書、果てはアメリカからやってきていた歴史研究生と協力して、入手できる限りの資料から、病院の天井を睨みながら、安楽椅子ならぬ、ベッド探偵グラント警部の事件追跡が始まっていく。

 のちに「バラ戦争」としてイギリス史の基本事項として載せられるヨーク家とランカスター家の王位簒奪紛争は、ほぼ30年にわたり、ヘンリー7世の代にようやく終結を見る内紛だ。
 イギリス人にとってはあたり前の史実ながら、それこそ学生時代にちょこっと触れる程度でたいていは縁遠くなってしまう日本人にとってはなかなかに人間関係が複雑でその状況が把握しにくいのも事実。ましてやそこに王位承認のための存在として枢機卿の存在まで絡んできて、かなり人間・利害関係の消化にはてこずった(汗)。
 そのあたりを配慮してか、巻頭に関連時期の血統図が記載されているのは、殊にカタカナ名にからきし弱い私にはとても助かる。何度この家系図に戻ったことか…(苦)。

 兄エドワード4世に忠誠を誓いながら、兄の死後、彼の息子たちを幽閉して殺害、自らが王位を襲ったものの、反乱が絶えず、最後にはフランスの力を頼んだヘンリー・テューダーと、味方の裏切りに遭い、戦闘中に殺されたとされるリチャード3世の生涯を、さまざまな文献や資料から行動や性格の矛盾点を抽出し、「誰が得をするのか」という犯罪の根幹ともいえる動機に立ち返ることで、幽閉と殺害の真の目的とその犯人を特定していくグラント警部の推理は、ぞくぞくずるほどにスリリングで面白い。
 ブロンド、青い目のエドワードと、黒髪、黒い瞳のリチャードの、外見の違いが周囲に与える印象として運命に影を落としていることがさりげなく描写されているのも非常に細やかな視点で、心憎い。

 過去の出来事を残された手がかりだけで組み立てていく、まさに極上の歴史ミステリだ。
 明かされる「真実」は、決して歴史上新しい事実ではない。

 しかし、その落胆も含めてこの作品が魅力的なのは、「教科書」と言われるテキストの偏向や、歴史書の冷静に見れば恥ずかしいほどの論理性のなさや、お茶の濁し方、あるいは洞察力の欠如したステレオタイプな人物評など、教育や歴史家への批判や皮肉が、グラント警部の憎めない頑固さや意地悪さというユーモアたっぷりの表現の中に軽やかに展開されているからだ。

 楽しく、気持ちよく読めるのは、決して歴史上の新説の発表でも、単なる歴史批判でもなく、「ミステリを解き明かすというのは、こういった論理的思考の積み重ねなのよ」と、そして「歴史とはこんなにもミステリとして魅力的なのよ」という、お茶目で知的な悪戯の空気があふれているからだ。
 著者の「ウフフ」と笑ってウィンクする(上品な老婦人の)姿が浮かんでくる…。

 そしてまた、名を先に知って絵を見るか、絵を見てから名を知るか――人はその先入観によって印象を180度変えてしまうことがある、という、目で見ることと、知識を得ることとの危うい関係も提示する。
 先入観に惑わされないこと、それと同時に自分の直感を信じること、このバランスが謎解きには大事な感覚であることを鮮やかに見せてくれる。

 王家の紛争、肖像画のという手がかり、幽閉・殺害という悲劇と巷の噂、とてもイギリスらしいテイスト満載。
 これからミステリを書こうという人に、これからミステリを読もうという人にも薦めたい、堅固な歴史ミステリの傑作。


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