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残酷と悲哀に酩酊 ―『瓶詰の地獄』―

『瓶詰の地獄』 夢野 久作 (角川文庫)


 『ドグラ・マグラ』ですっかり幻惑され、その狂気の魅力からしばらく戻ってこられなかった。いまだにあの作品の世界は思いだすたび、不思議なリズムとその音に引き込まれそうになる。再読したいもののひとつ。
 とはいえせっかく手軽な文庫版でいくつか出ているので、『少女地獄』以来しばらくとっておいた(笑)、あのめくるめく妖しい空気に久しぶりに浸りたく。

 中井英夫氏の解説つきの贅沢な7篇(短いながらこの解説もまたよい)。

 表題の「瓶詰の地獄」は、ほんの十数ページの短編でありながら、その書簡形式の凝縮された構成は”素晴らしい!”のひとこと。

 海から流れてきた3つの瓶に入った短い手紙の内容だけで語られるのは、無人島に流れ着いた兄妹のその後を綴った兄の慟哭。
 楽園ともいえそうな南国の孤島で、彼らが見出したのは、人間の欲望と罪。それに向かい合う自我との戦いという”地獄”だった。この哀しく恐ろしい顛末が、わずか3片のメモ書きによって描かれる。3つ目の瓶にはカナ書きの短い一片。
 孤島での兄弟のサバイバルが、豊かで穏やかな南国の地で緊迫していないだけに、なおさら彼らが向かい合わなければならなかった”地獄”の苦しさが抉りだされてくる。
 氏の特徴であるはずの饒舌を最小限に抑えた文体も、カナ文字だけで綴られた3片目のわずか2行のメッセージの余韻も精妙で、まさに完璧、の珠玉。
 
 ロシアを舞台とした「最後の恋」もまた傑作である。
 ロシア革命の皇帝暗殺にまつわるエピソードを使った悲恋ものだが、その設定の発想と描写の力は、圧巻。
 革命によって滅ぼされた貴族の末裔が白軍の軍隊時代に遭遇する、残酷で凄惨な森の中での風景は、悪寒と共に強烈な印象を残し、かつ恐ろしいとこにある意味眩暈のような恍惚感を伴って、”最後の恋”を読者に植えつける。
 残酷さと美しさ、悲惨と恋慕、矛盾するはずのものが実は表裏である、人間の深層を見事に作品として昇華させている。

 この短編集にはロシアものでもう一篇「支那米の袋」があり、こちらはお得意の独白形式で、場末のバー(らしきところ)で、蓮っ葉な口調で描かれる娼妓の哀しくも狂った人生。
 愛したアメリカ人にだまされ、弄ばれた揚句、売られそうになり、なおかつそれがばれそうになった時に、酷寒の海に支那袋ごと投げ出されて九死に一生を得たロシアの女が語るその半生は、その際に男によって身に覚えさせられた残虐嗜好のエロティシズムと、小さな支那袋に閉じ込められた時の苦しさと痛み、そして殺されそうになる緊迫感とともに、恋愛の残虐遊戯の最終行為は、日本で昔から行われていた風習である、との謎かけに引っ張られ、物語の結末へと読者を誘い込む。
 女の語る口調のリズム感は、やはりカナ文字の効果的な使用と合わせてその効果をますます高めている。

 このほか、孤児院から引き取った少女の無垢な(?)目を通して暴かれる不倫を描く皮肉な作品「人の顔」、両親のカタキともいうべき伯父に養われ、彼の頭をかち割ることを何度も思いながらも、自身の人生をすでに腐ったものとしてだらだらと日々を過ごす青年の告白ともいえる遺書を模した「鉄鎚」も、人間の生と性、愛と慾を題材に夢野氏らしい毒を込めた秀作である。

 「人の顔」では、少女の大人しさとその感情のでない描写が不穏な空気をはらみ、さりげない終わりにひと刺しされるその諧謔にゾクリとさせられ、「鉄鎚」では、悪魔的なものを嗜好しながらも、自身は想像の世界だけで無為に生きる青年の内面の腐蝕が、ジワジワとこちらをも浸食する。そうした不快感ともいえる感情が、夢野氏の時代の空気と共に伝わってきて、ザワザワと波立ち、いっときタイムスリップしたような幻惑に陥る。

 残る2篇は、殺人欲求をテーマにした夢野氏らしい作品ながら、中井氏も指摘しているが、他の短編に比べるとやや消化不足。
 「一足お先に」は、何が本当で、何が夢かわからない多重構造になっていて、その幻惑と、殺人シーンの異常さとその恍惚描写は活き活きしているが、終わりがなんともあっけない。
 「冗談に殺す」も、殺人の欲求と、完全犯罪の可能性、その破綻を自身を映す鏡に置いた視点は面白く、人間の心理を上手く活用できそうな要素があるが、少々作りが荒く、もの足りない。
 これらはもう少し長編であるかあるいはもうひと整理あればよかったかな、と。

 いずれにしても、あの時代の持っている空気と、夢野氏の悪夢のような世界は、十二分に堪能できる。
 独特の文章のリズム、カナ文字の絶妙な挿入、描かれるエロティシズムと悪徳の不快と魅力、人が内包している闇の部分への嗜好、恐ろしく残虐な表現が合わせ持つ皮肉とユーモア、そして底通するのは悲哀…。

 恐怖しつつ、あるいは忌避しつつ惹かれてやまないこの強い引力はまさに悪魔的だ。


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テーマ : 読書記録
ジャンル : 小説・文学

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「最後の恋」ではなく「死後の恋」ですよ

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